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【#愛染ヒカル生誕祭2026】形のない約束 2026.03.04  【#愛染ヒカル生誕祭2026】形のない約束

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「……今年も、上手く行きますように」
 ドアの前で、小さく祈るように呟いた。
 手にした箱を、ぎゅっと握る。
 指先が少しかじかんでいるのは、寒さのせいだけじゃない。
 ヒカルの誕生日には毎年、ヒカルが一番喜んでくれそうなものをプレゼントしてきた。
 ふわふわのぬいぐるみ。
 綺麗なガラスペン。
 人気の詩集。
 毎年毎年、プレゼントを贈るたび、ヒカルは心底喜んでくれた。
「これ、一番ほしかったんだぁ……。やっぱり、トウカは俺のこと分かってくれてるね」
 そう言って、満面の笑顔を浮かべてハグしてくれた。
 嬉しかった。
 ヒカルが喜ぶ姿を見るたび、僕はヒカルの隣に居ていいんだと思えた。
 だけど同時に、一抹の不安もつきまとっていた。
「来年も喜んでもらえるように頑張るよ、ヒカル」
 そう。
 来年もうまくプレゼントしなくては。
 そう思うと毎年、気が気じゃない。
 もし、しくじってしまったらどうしよう。
 ヒカルが欲しいものを、読み違えてしまったらどうしよう。
 ヒカルはきっと、受け取ってはくれるだろう。だけど、失望を隠すこともしない。そしてきっと、少しずつ、僕から興味を失ってしまう。
(それは……それだけはイヤだ……)
 大丈夫。今年のプレゼントは自信がある。
 以前からヒカルが欲しがっていた、濡れた紙にも書けるペン。
「雨の中って、いい詩が浮かぶ気がするのに、紙もペンも使えないのがもどかしくてさぁ」
 そんなことを言ってたのを、思い出して選んだ一品。
 きっとヒカルだって、喜んでくれる。
(でも……僕のプレゼントより、もっとずっと、喜ばれるものを誰かが贈ったら?)
 イヤな想像に、また心臓がどくりと跳ねた。
 僕以外にも、ヒカルのことを好きな人は大勢いる。
 みんなあの手この手で、ヒカルのためにプレゼントを用意する。
 ヒカルはいろんな人に愛されるから、その数は年々増え続けている。
(僕よりずっと、ヒカルを大事にできる人が現れてしまったら)
 考えただけで、呼吸が浅くなる気がした。
(……僕は、ただ……。ヒカルにとって、一番の……幼馴染みで、いたいだけなのに……)
 そう考えて、俯いた矢先。
「……あれ、トウカ?」
 背後から声をかけられた。
「えっ……え?」
 振り向いた先に立っていたのは、ヒカルだった。
 たくさんの紙袋を抱えて、楽しそうに笑っている。
「ヒカル、出かけてたんだ……」
「うん。みんなが誕生日を祝ってくれてさ」
 その言葉に、ひゅっ、と、息が止まりかけた。
「そっか……。よかったね」
 なんとか言葉を絞り出すと、ヒカルは屈託なく笑った。
「うん! 見て見て! プレゼント、こんなにもらっちゃったよ」
 ヒカルは無邪気に笑いながら、ドアのカギを開けた。
(ヒカルが誕生日パーティに行ってた、なんて……初めてだ……)
 てっきり家にいると思っていた。
 誰かに誘われて出かけたなんて、思いも寄らなかった。
(なんで……。この日は毎年……空けて、家にいてくれた、のに……)
 あっけにとられる僕に、ヒカルはにこっと笑顔を向けた。
「で……トウカは、俺に何か用?」
「あ、えっと……。今日、ヒカルの誕生日だから、と思って……」
「うんうん、それで?」
「だから……えっと」
 咄嗟に、手にしていた箱をポケットにねじ込む。
 ヒカルの手にした紙袋を見たら、急に自信がなくなってしまった。
(……ダメだ。僕なんか、選ばれっこない……)
 不安を飲み込んで、笑顔を向けた。
「お誕生日おめでとう、って、言いに来たんだ」
「ふぅん……」
 ヒカルはまた真っ直ぐ僕を見下ろしてきた。
 この目に、僕は勝てない。何もかも、見透かされてしまいそうだ。
「せっかく来てくれたんだし、上がりなよ」
「でも……」
「いいから」
 ヒカルは僕の背中をぐいぐい押した。
 促されるまま、部屋に上がる。
 ヒカルは持っていた紙袋を、無造作にソファの近くへ置いた。
「今日俺さ、まだ何も食べてないんだよね〜」
「……誕生日パーティだったのに?」
「誕生日だからじゃん。この日は毎年、トウカが来て、ごちそうを作ってくれる日なんだ」
 思いがけない言葉に、思わず目を丸くした。
 ヒカルはこてんと首を傾げて、イタズラっぽく目を細めた。 
「俺さ、毎年楽しみなんだよ。トウカが作ってくれたご飯食べながら、トウカのプレゼントを開けるの。だから今年も、きっとトウカが来てくれると思って、誕生日パーティ早めに抜けてきたんだ」
「……ホントに?」
「嘘つくわけないじゃん。約束なんてしなくったって、絶対にトウカは来てくれるって……分かってるから」
 その言葉に、鼻の奥がツンとした。
 キッチンに向かうフリをして、ヒカルに顔を見られないようにする。
「……食材、冷蔵庫に買ってくれてる?」
「当たり前じゃん。今年も、一番のごちそう作ってよ!」
 ヒカルにそう頼まれたら、断れない。
 断る理由もない。
 でも、その前に。
 手の甲で目元を拭って、ポケットに突っ込んだ箱を取り出して、振り向いた。
「ヒカル。……お誕生日、おめでとう」



著:佐久田 葉

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