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【バイスタンダーエピソード】『嫌憧交糾』 2026.03.17  【バイスタンダーエピソード】『嫌憧交糾』

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 チャイムに呼び出されて玄関へ顔を出すと、疲れてかすんだ目にもよく見える、ずいぶん華やかな男が、朗らかな笑顔を浮かべて立っていた。
「……えぇと、どちらさん?」
 そう尋ねると、青年は懐っこく笑って、自分は書道教室の生徒の孫であり、今日は帰省ついでに迎えに来たと事情を語った。
 時計を確認する。祖母のやっている教室は確かに終わった頃合いだが、祖母と生徒たちはここから、サロンよろしく茶をしばいてのんびりと世間話をする。
 まだしばらく出てこないだろうと伝えると、青年はここで待たせてもらってもいいかと尋ね、名を名乗った。
 今後深い付き合いでもないだろうから、右から左へ聞き流す。だが妙な人ではなさそうだったので、とりあえず客間へ案内した。
 それにしても、と、客人を眺める。相手がどんな人間かも分からないのにニコニコと愛想良く笑顔を浮かべ続けられる懐の広さにはほとほと感心する。とても自分にはマネできない。
 それでも客人には違いない。
 ならば茶の一杯でも出してやるか、と仏心を出したのがまずかった。気がつけば、彼にすっかり捕まっていた。とんだ誤算だ。だが、祖母のお教室の生徒さんの身内に失礼を働くわけにもいかない。
 何とか場をやり過ごそうと考えていると、彼はニコニコと、人なつっこくトークを回し始めた。こちらが書家なのを知ってか、話題は空海から日本の習字教育まで、書の中でもずいぶん多岐に渡った。陽気で気軽そうな見た目に反して、なかなか物を知っている、と、少し感心し、気がつけば彼の会話に乗っていた。
 それにしても話がうまい。知識がよどみなく飛び出してくる。相づちも絶妙で、こちらもつい饒舌になる。
 そのうち、ふと、妙な気がした。強烈なデジャヴ。俺はこれを知っている。でもいったい、どこで。
 考えるうち、はっとした。
 ずっと聞いている深夜ラジオがあった。深夜によくもこれほどの元気が出せるものだと感心するような、夜の静寂をぶち破る元気いっぱいのテンションで話すパーソナリティ。
 最初は自分の耳には合わないと思って飛ばしていた。だが、祖母がニコニコと勧めてくるものだから、何度か我慢して聞いてみた。そのうち、パーソナリティの人格が分かってきた。お便りは一つ一つ丁寧に覚えているし、どんなネガティブな言葉も持ち前の明るさでポジティブに受け取って、相手を励ます。頭の回転も速く、雑学力も高くて聞いていて話に飽きが来ない。
 気がつけば、自分でラジオを聞くようになっていた。人の寝静まった深夜に、彼のラジオを聞いて、時たまクスッとしたり、しみじみしたり、そんな時間を過ごすうち、すっかり彼……『アキちゃん』のファンになっていた。
「……もしかして、アンタ」
 真偽を確認する前に、祖母が顔を出し、会話はそこまでになった。だから真偽は今も知らない。知らないままがいい。あんな暢気な男の口車を自分がわざわざ聞いていたなどと思い知りたくはない。
 とにかく、それが俺と、茶円アキラが最初に会った日だった。




著:佐久田 葉

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