2026.03.14
【WD限定ノベル】庵サツキ
ホワイトデーが近付いてきたある日のこと。
「二人とも、ちょっといいかな。相談したいことがあるんだ。休憩がてら、こっちに来てもらえるかな」
そう声をかけると、ナオくんとイザナくんは手を止め、不思議そうにしつつテーブルについた。
二人にそれぞれ、コーヒーを出す。
ナオくんは、砂糖とミルク多めのカフェオレ。イザナくんは、浅煎りの豆で、飲みやすいブラック。
「……なるほど、ちょっと長い話ってことか」
とイザナくんは肩をすくめた。
「で? 店のことで、何かあったのか?」
さすがに察しが良い。
「もうすぐホワイトデーだよね。お店でも何か、新しいメニューを出そうかと思うんだ」
「あぁ……バレンタインデーの時はチョコレート出してたっけ?」
2月のバレンタインの週は、生チョコを作ってコーヒーと一緒に提供していた。
「そうそう。あの時は、二人がいろいろ手伝ってくれたおかげでしっかり準備できたでしょう? おかげで、お客さんからの評判もとても良かったんだ。……そしたらオーナーが、ホワイトデーもぜひやろう、って」
イザナくんが、ふん、と鼻を鳴らした。
「いい気なもんだよな、雇われ店長の気も知らないで。こっちは結構大変だったってのに」
「イザナくん、そんな風に言わないの」
イザナくんはぷいと視線を逸らす。
入れ違いに、ナオくんがおずおずと口を開いた。
「あ、あの……。ホワイトデー、ってことは、今回用意するのは、クッキーで、合ってます……か……?」
「そうだね。一応そのつもり。といっても、クッキーにも色々あるから、本来ならじっくり考えたいところだけど……」
ここで、少し言いよどんだ。
「でも、3月は学生にとって忙しい時期でしょう? 前みたいに、全員で一つ一つレシピを試していくのは、難しいと思うんだよね」
ナオくんが口を開こうとして、イザナくんに止められた。
「サツキの言う通りだぞ、ナオ。ただでさえ忙しい時期なんだ。これでお前が『ボク頑張ります』とか言って、無茶して体調崩したら、サツキに逆に迷惑かかるんだからな」
「ぅ……ごめん、なさい……」
ナオくんがしょんぼりと小さくなる。
「もちろん、手伝ってくれる気持ちは嬉しいんだけどね。今回はちょっと、やり方を変えられたらと思って」
「って言うと?」
「これもちょっと大変かもしれないんだけど、それぞれ自分の好きなクッキーを用意してみるんだ。それで試食会をやって、僕らの間で一番好評だったクッキーをお店に出す。ってことでどうだろう? といっても、クッキーの準備で手間はとらせちゃうかもしれないから、難しければ不参加でも構わないんだけど……」
「いいんじゃないか? それで。バレンタインに比べれば全然マシだし」
イザナくんはこくりと頷く。
ナオくんも、異論はないようだった。
「それじゃあ、いったん来週のどこかで、クッキーの試食会をやろう。お金はこっちから渡すから、二人とも、良いクッキーを見つけてきてくれると助かるな」
「はいっ!」
「了解」
こうして、ホワイトデーの準備が始まった。
========================
(と、二人に言ったものの……。なまじ僕には時間があるから、ちょっとこだわっちゃうんだよなぁ……)
メレンゲベースの、口当たりの軽いものから、バターたっぷりのしっとりめのものまで。
一口にクッキーと言っても、本当に種類がある。
(この時期はどこもクッキーで溢れかえってるし……少しでも、趣向を凝らしてみたいんだけど)
ふむ、と顎に手を添える。
(コーヒーと一緒にいただくものだから、マグを持つ手が汚れないようなものにしたいな。……それから、特別な一品だってことが伝わるような手間も、ちゃんとかけてみたいし……)
見た目が可愛いもの、シックなもの。
あれこれ施策するうち、あっという間に試食会の日になった。
(結局、絞りきれなかったなぁ……)
いくつかのクッキーをテーブルに眺めて、頬杖をつく。
並べたクッキーは、どれもこれも、似たり寄ったりの手応えだった。
最初はしっくりきたけれど、長く見ているうちにだんだん疑問が湧いてきてしまう。
「はぁ……」
ため息をこぼしていると、ナオくんがひょこ、と、キッチンに顔を出した。
「……あぁ、ごめん。待たせちゃってた? 最後の一つに、なかなか絞れなくて」
「あ、いえ、その……。お疲れ様です」
そう言ってナオくんが、そっとマグを差し出してくれた。
「……え、コーヒー? 淹れてくれたの?」
「いつも、サツキさんが頑張ってるの、見てて……。ちょっとでも、応援できたら、と、思って……。あ、あの、豆は、ちゃんと、じ、自分で買ってきたので……」
ナオくんは少し慌てたように取り繕いながら、気恥ずかしそうに目をそらした。
「……ありがとう、いただくよ」
コーヒーを口にする。
疲れた身体に、じんわりと一杯が沁みていく。
ふと、無意識に手が伸びた。
キューブ型のクッキーをつまんで、ぽいと、口に入れる。
「……あ」
これを選んだ、ということに、自分で少し驚きがあった。
散々試食した時は、特段取り立てるものもないように思えたのに。
(そっか、疲れたときに本当に食べたい味が、答えなのかも……)
思わず、動きを止めた僕を見て、ナオは少し慌てていた。
「……さ、サツキさん……! あ、あの……コーヒー、美味しくなかった、ですか?」
「いや、そうじゃないんだ」
「え……」
うちに来たお客さんが、本当に喜んでくれるもの。
その答えを、ナオくんがくれた。
ナオくんの、僕への思いやりが、気付かせてくれた。
「……ありがとう、ナオくん。お陰で大事なことに気付けたよ」
「えぇっ!?」
ナオくんはまだ、目を白黒させていた。
僕が何を言ったのか、理解できるまでちょっと時間がかかっているらしい。
「ぼ、ボク……。役に、立てたんです、か?」
ナオくんは、小さくかみしめるように呟いた。
それから
「……ど……どう、いたしまして、です!」
と、少し嬉しそうにはにかんだのだった。
著:佐久田 葉