2026.03.14
【WD限定ノベル】月白イザナ
ホワイトデーのコンペをやろう、とサツキが言い出した時は、ずいぶん珍しいこともあるものだと思った。
サツキは大体のことは自分で済ませる。店の差配も、ナオの面倒も。
彼が他人を頼るのは、どうしても手が足りないときだけだ。だから店のバイトも俺一人だけなのだが。
(……ま、バレンタインの出来を思えば、それも当然か)
サツキの凝り性とナオの頑張りが発揮されたバレンタインキャンペーンは、大好評だった。
特にナオの熱の入れ方はすごかった。毎日かなり早起きして、通学前にその日の分の生チョコを仕込んでいた。サツキが苦労しないで済むよう、ナオなりにサポートしたいと考えたんだろう。もっと言えば、サツキに恩返し出来るチャンスだと考えたのかもしれない。
サツキはサツキで、
「ナオくんは学校もあるんだし、そんなにお店のこと手伝わなくてもいいんだよ」
とナオを止めていたが、結局はやりきるのを見守ることになった。頑張るのを無理に止めさせる方が、かえってナオに心労がかかるとの判断だ。
俺も、異論はなかった。
とはいえ、心配だった。
サツキからの線引きは出来ている。サツキは、ナオを変に利用するような頼り方はしない。だがナオが気張りすぎて、自壊してしまう。
ある意味、当然の結果というか、仕方のないことだった。細々と気にしすぎる性格のナオが、縁もゆかりもない他人の家に居候をしている。そんな状況でアイツがどれだけ肩身が狭いかは、察するに余りある。
それで結局頑張りすぎて、自覚のないまま無茶をする。
(今回は……俺が上手いことセーブさせてやらないと……)
小さくため息をこぼしつつ、パソコンを開く。
(量産が簡単で、普段の業務抱えたサツキでも作れる……ってのが一番の落とし所だな。年度末で忙しいナオの稼働時間は、なるべく抑えてやりたい……)
パチパチとキーボードに文字を打ち込んでいく。『ホワイトデー レシピ』で検索をかけると、それなりの数がヒットした。
「へぇ……」
サツキは今回クッキーにする、と言っていたが、ケーキやパイのメニューも散見される。
(クッキーが王道だけど、他のスイーツもアリはアリ、ってことか……。どういう縛りなんだ? 焼き菓子ならいいとか?)
そんなことを考えながら、レシピを確認していく。
マカロンのように手間がかかるレシピは除外する。俺とナオの稼働が限られている以上、なるべくタイパ良くやりたい。
成形の手順があるものも除外する。凝り性のサツキと努力家のナオが必要以上に手間暇をかけてしまうのは目に見えている。
色々見ていくうちに、ようやく手が止まった。
(絞り出すだけのクッキーか、混ぜて焼くだけのパウンドケーキが理想だな……。確か道具はサツキが持ってたし、これならコストも手間も抑えられる……)
これでいこう、と思えた。
うちの店はあくまでコーヒーが主軸だ。菓子店じゃないなら、一杯のコーヒーにちょっとしたクッキーが添えられているだけでも十分だろう。
そこまで考えて、ふと、胸騒ぎがする。
(いや……タイパを訴えて納得するような二人か?)
サツキは基本的にドライだ。仕事だと割り切れば仕事の範疇でだけコストをかけるだけの理性はある。
だが『コーヒーとのマリアージュ』や『ちょっとした手作りの一品』なんて言葉が絡んでくると、途端目の色が変わって異様に凝り出す。
タイパ重視の提案に納得してくれるか、正直微妙なところだった。わざわざ俺とナオの手を借りようとしている時点で、いつもの『仕事』よりは熱が入ってしまっている。
加えて、ナオだ。令和っ子にもかかわらず、コスパタイパなんて概念とは縁遠く、泥臭い努力を重ねる子だ。そんなナオがいつか報われてほしいと自分でも思ってしまっているだけに、彼の価値観と真逆の提案をするのに矛盾を覚えなくもない。
そもそもはナオの負担を軽減するための策なのだが、出しようによってはネガティブに取られかねないリスクがある。
「……パソコンの前でだけやってもダメだな」
スマホを片手に、立ち上がった。
二人の様子でも見てこようと思った。サツキとナオがどのぐらいの熱量でホワイトデーの準備をしているのか、温度感をすりあわせておけば上手く納得させられるかもしれない。
「いるか?」
と声をかけて、開店前の喫茶店に入ると、サツキが
「イザナくん? どうしたの。シフト、今日はまだだよね?」
と意外そうな顔をして出迎えた。
「別に。ホワイトデーの準備、そっちは順調?」
「うん。ナオくんのおかげで、上手く決まりそうだよ」
「へぇ……」
「良かったら、試食してみる? 試食会までに、もう少し味を磨いておきたいなと思って。イザナくんの意見も聞かせてもらえると助かるよ」
その言葉を聞いて、思わず額を抑えた。
やっぱりだ。サツキは凝っている。
「……じゃあ……一口ぐらい……」
ととりあえず返事だけはしつつ、どう切り出したものかと考えた。
サツキが凝るのは構わない。大人なんだし店長なんだし、好きにすればいい。だが今回だけは、ナオを巻き込まないよう、上手くセーブしてほしい。だから施策自体をスケールダウンさせて欲しい。
それが俺にとっての真実だった。だが、伝え方次第では、俺と二人の間に、溝が生まれてしまう。
「どうぞ」
と、サツキが、コーヒーと一緒にクッキーを差し出した。
「……いただきます」
コーヒーを飲んでから、クッキーを口に放り込む。
「……!」
率直に、美味しかった。自分が提案しようとしていたレシピでは、とうていこの体験には及ばない。またこの店に来たいと思えるような、良い品。
「……これね、一応、僕一人でオペレーションできるようにしてあるんだ」
と、サツキは柔らかく言った。
「前に、ナオくんにずいぶん苦労をかけちゃったでしょう。あの子は人助けに敏感だから、僕が困ってるとすぐに動こうとしてくれるんだ。……だけど、ああいうことが続くと、無茶をさせることになるからね」
俺の考えを、サツキは見透かしていたんだろうか。あるいは、最初から、俺と同じ思いだったんだろうか。
何も言えなくなった俺に、サツキは穏やかに微笑んで見せた。
(……かなわないな)
サツキは、ちゃんとした大人だった。
こだわって無茶をするか、手を抜いて持続性を取るか。
サツキの出した答えは、こだわりと持続性を両立させていた。
二者択一に捕らわれていた俺の、先を行っていた。
「それで……イザナくんは、どう? ホワイトデーの準備」
「……今ので、ゼロからやり直し」
「え?」
「コーヒー、ごちそうさま」
席から、立ち上がる。
サツキの出したような答えを、俺も出したいと思った。
足取りは、自然と軽くなっていた。
著:佐久田 葉