2026.03.15
【WD限定ノベル】羽雛シオン
今年のホワイトデーは、カナメさんに教えてもらって、マカロンを作ることにした。
去年までは毎年、ママが用意してくれたリスト通りに、友だちにプレゼントを発送するだけだった。
すっごく味気なかった。
一言手書きのメッセージを添えたほうがいい。でも内容は無難に、と言われて、毎年毎年写経のように「いつもありがとう 羽雛シオン」と書き連ねるのが、僕にとってのホワイトデーだった。
でも今年は、パパもママもいない。
僕にいるのはカナメさんだけだ。
だから、思い切って
「手作りのプレゼントにしてみたい」
と、お願いを伝えてみた。
カナメさんは快諾して、僕に力を貸してくれた。
すっごく嬉しかった。
ついにホワイトデーが僕のものになった! と思った。
だけど、甘かった。
「坊ちゃん、よろしいですか?」
と、カナメさんが声をかけてきた。
手には、仕事用のタブレットを持っている。
すっごく嫌な予感がした。
「……なに、カナメさん」
「これからホワイトデーを迎えるに当たって、スケジュールの相談です。まずはこちらをご覧ください」
そう言って、カナメさんは、今週からホワイトデーまでの僕のタイムスケジュールを見せてきた。
「……うん。知ってる、見たことある」
青汁一気飲みしたみたいに苦い声で答えると、カナメさんはにこりと微笑んだ。
「この通り、起きてから寝るまでやることが盛りだくさんですが、今回、坊ちゃんがお友だちにプレゼントを贈るに当たって、どうしても、お菓子作りの練習をしていただきたいのです」
思いがけない提案だ。
すっごく楽しそう。
「いいよ、全然やる! 頑張る!」
「ありがとうございます。では……」
と、カナメさんは微笑む。
「カリキュラムを守りつつ時間を捻出いただくため、今日からミクロ経済学の授業を1.5倍の学習速度でスピードで行わせていただきますが、よろしいですね?」
「ええええええ!?」
イヤだ、めちゃくちゃイヤだ。
ただでさえ眠たくなる授業筆頭なのに、1.5倍速でやられたらもう意識を刈り取られる自信しかない。
(……でも……)
ちょっとだけ、考える。
カナメさんは僕に、意味も無く無茶させる人じゃ無い。
「……皆に美味しいマカロンを楽しんでもらうため、なんだよね?」
「えぇ。そのためです」
ぎゅっと手を握りしめた。
「なら、俺がんばるよ!」
「素晴らしい心意気です、坊ちゃん」
カナメさんはすっごく嬉しそうに笑った。
この人が笑うとあんまりろくなことがない気がするけど、今は信じるしかない。
「では、そのように進めさせていただきます。本日から、一緒に頑張りましょう」
「うん! よろしくね、カナメさん」
こうして、僕の猛特訓が始まった。
だけど、マカロンは本当に難しかった。
(もしかして、メニュー選び、間違えたんじゃ……)
と思うけど、今更後には引けない。
でもやればやるほど、僕には基礎基本が足りてないんじゃないかと思えてくる。
僕はどんどん追い詰められて、とうとう、夢にまでマカロンが出てくるようになった。
マカロンの絞り口からずっとピンクのもさもさした謎の生き物が出続ける悪夢にうなされるようになった頃、一度やり方を変えてみようと思った。
(すっごい初歩的なクッキーを……一度作ってみよう……)
夜中にこっそり抜け出して、キッチンに行く。
とりあえず、型抜きクッキーを作ってみることにした。
カナメさんにバレないようにしながら、小さな音で動画を再生して、薄暗いキッチンでこそこそと、作業を続ける。
(よし、後はオーブンに入れて焼くだけ……)
と思った矢先、キッチンに灯りがつけられた。
「誰だ!!!!」
「うわぁああ!?」
そこには木刀を持ったカナメさんが立っていた。
いつもニコニコしているカナメさんとは違う、警戒心マッハのカナメさんに、思わず縮み上がる。
「あ、あ、僕……じゃない、俺です」
「……あぁ、なんだ。坊ちゃんですか。これは失礼しました」
カナメさんは警戒を解き、こちらに近付いてきた。
「……もしかして、クッキーの試作をなさってます?」
「う……」
本当に察しが早い。
「……最初から、ちょっと、大きな夢を追いかけすぎたのかな、って、思って……」
ポツポツ打ち明けると、カナメさんは僕にホットミルクを用意してくれた。
「僕みたいな初心者が、最初から……マカロンなんて、無理だったのかも、って。だから、せめて、基礎基本の練習が出来たら、と思って……型抜きクッキー、作ってみようかな、って……」
「なるほど」
カナメさんは否定せずに、僕の話を聞いてくれた。
「……坊ちゃんは、どうして、マカロンを選ばれたんですか?」
「ん……。色がきれいで、見ててワクワクするし……。ふわっとしてて、好きなんだ。もらったときに、心が、ぱぁって明るくなるお菓子だと思ったんだよ」
「そうですか。それは、型抜きクッキーで叶えられるものですか?」
「……ううん。俺にとっては、違う。マカロンが、一番ワクワクする」
「なら、小さくまとまる必要はありませんよ。堂々と、マカロンに挑まれれば良いんです」
「……カナメさん……」
そんな話をするうち、クッキーが焼ける音がした。
「……おや」
仕上がったクッキーを見て、カナメさんは少し目を丸くした。
「なかなかの出来ですよ、坊ちゃん」
「え、本当?」
「えぇ。これまでの練習で、少しお菓子作りが上手くなっているのかもしれませんね」
「生地から型抜きしただけだよ」
「いえいえ。生地の見極めが、上手くなっていると思ったんです」
何を褒められているのかはよく分からなかったけど、カナメさんにそう言われると、ちょっと安心する。
「これに、アイシングしたら、完成なんだ。ちょっと待っててくれる?」
「えぇ」
カナメさんに見守られながら、最後の仕上げをする。
幸せの四つ葉のクローバーと、幸せを運ぶ青い鳥。
「……」
カナメさんは、ちょっと驚いたように僕を見ていた。
「これ、良かったら食べる? カナメさん」
「よろしいんですか?」
「うん。いっぱい練習付き合ってくれてるし、お礼。……あ、夜中に甘いもの食べない人?」
「いえ。そんなことは。……いただきます」
カナメさんは、僕のクッキーを食べた。
そして
「……私は、選ぶ手を、間違えたのかもしれません」
と、小さく呟いた。
「どうかした?」
「いえ。とても良い出来でしたよ。坊ちゃんの腕は、確実に上がっています」
「ホントに?」
「……本番まで、頑張りましょうね」
「うん!」
微笑む僕を見るカナメさんは、いつも通り笑っていた。
だけど一瞬だけ、僕を哀れむような、何か罪悪を覚えたような、複雑な顔をした。
もしかしたら、僕に無茶なスケジュールで頑張らせているのを、気に病んでいるのかもしれない。
そう思ったら、やる気がぐんぐん湧いてきた。
(当日までに、絶対、美味しいマカロンを作れるようになるんだ。カナメさんのおかげだって、胸を張って言えるように!)
そう固く決意して、僕は、拳をぎゅっと握りしめた。
著:佐久田 葉