2026.03.27
【バイスタンダーエピソード】『つかめないヤツ』

自分から夜の川に飛び込むバカを見たらまず疑うのは薬物、次に危惧するのは自殺だ。
だから全身ずぶ濡れで引きずり上げられたナギトを見たとき、違和感があった。
ナギトはきょとんとしていた。それから心配そうに「あの子は?」と尋ねてきた。
さっと血が引いた。他にも川に落ちたヤツがいて、ナギトはそれを助けようとしたんだと思った。
慌てて応援を呼んで川を探した。誰も見つからない。
他の仲間が集めた目撃証言によると、やっぱり、ナギトがただ一人でフラフラと欄干を越えていったという話しか出なかった。
じゃあやっぱり薬物かと思って問いただすと、ナギトは苦笑した。
「世話をかけてごめんね。俺、多分、見間違えたんだよ」
詳細を聞いてもナギトは答えなかった。薬物検査も陰性に終わった。
繁華街で警察なんかやってれば、ポンチなヤツの相手なんてしょっちゅうだ。
だからナギトを解放して、それで事は済んだと思っていた。
だが数ヶ月後、古武術をならいに沖縄へ行った俺は、飲み会の席で偶然ナギトと再会することになる。
聞くと、古武術師範がお世話になったユタさんの孫がナギトで、最近東京から沖縄へ越してきたのだという。沖縄のことは詳しくなく、言葉も東京の人間らしいままだったが、どこかのほほんと気の抜けた雰囲気は南国の長閑さに合っていた。
彼は中洲で川から引き上げられたことなんて忘れたように、俺をなつっこくタケちゃんと呼んで、酒を勧めてきた。のんびり酒を飲み交わすうち、だんだんと気心も知れてきた。
多分悪いやつじゃない。親切で明るくておおらかで、誰とでも打ち解けられる。
ただ決定的に、何かが普通と違う。
それで、ナギトが宿まで送ると言い出してくれたのに乗じて、二人きりのタイミングで聞いてみた。
なんで夜中の川に飛び込んだのか。あの時シラフのお前に、本当は何が見えていたのか、と。
ナギトは、少し苦笑し、タケちゃんは怖いねと呟いた。
そして、酒の席では見せなかったような、ほの暗い笑みを浮かべた。
「俺ね、お化けが見えるんだ。だからさ、いつか、話してみたいと思って。それだけだよ」
そう言って夜の暗がりに一歩踏み出すナギトは、今にも、影に溶けていきそうだった。
違う。
コイツ自身の影が、露呈した。
思わずその腕を掴もうとした。何かを言ってやりたかった。それでも指はふわりと空を掴んだ。
「タケちゃん、飲み過ぎだよ」
とナギトは笑い、俺に肩を貸して、宿までの道を帰った。
著:佐久田 葉