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【バイスタンダーエピソード】『そのときがくるまでは』 2026.03.30  【バイスタンダーエピソード】『そのときがくるまでは』

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 比嘉のじいちゃんが、面白い人が来てると連絡をくれた。わざわざ本土から船に乗って、古武術を習いに来たという。年も俺と近いらしい。
 それで顔を出してみたら、博多でお世話になった警察さんだった。
 げ。
 と思った。
 薬物検査と事情聴取のときのピリッとした空気とか、鋭い眼光とか、そういうのが印象に残ってた。のんびり楽しむお酒の席で、彼と上手くやれる自信はない。
 気付かれる前に退出しようかとしたけど、様子を見るうち、気が変わった。
 そこにいたのは、なんていうか、ただの気の良い兄ちゃんだった。
 比嘉のじいちゃんに頭をワシャワシャ撫でられ、ガキ扱いすんなよなと屈託なく笑う。早くに孫を亡くした知念のばあちゃんから、アンタは長生きしなさいねと言われ、大粒の涙をこぼしながら首が取れそうなぐらい頷く。仲宗根さんから一曲歌えと無茶振りリクエストされて、臆しもせずに、堂々と某球団の応援歌を歌う。
 人はオンとオフでここまで様子が変わるのかとびっくりしながら眺めていると、バッチリ目が合った。
「あ」
 と言われてしまっては、もう逃げられない。ぺこりと頭を下げて、来るのが遅くなっちゃってごめんね〜と挨拶して、俺も席に加わった。
 隣でなんだかんだと話すうちに、警察さんの名前がタケちゃんだと分かった。酒も気も強いけど、不思議とイヤな感じはしなかった。根が善人なんだと思う。
 話の流れで、なんでわざわざそんな遠くから古武術を習いに来たの、と聞くと、タケちゃんは真顔で、源流をちゃんと知りたいと思った、と答えた。
 思わず聞き返すと、タケちゃんは、空手が沖縄で発祥したことと、そこからの変遷、有名な空手家、その意義などなどを大変丁寧に解説してくれた。本も相当読んでいるらしく、かなりの武術ヲタクだ。
「いろいろ習ってきたけど、やっぱり古い武術が俺には良い。勝つ方法だけじゃなくて、身体も、心も、上手く扱うための秘訣がある」
 と締める口ぶりには、ただならない切迫があった。
 なんでそんなに武術を知りたいの? と聞くと、タケちゃんは少し言いよどんだ。それからぽつりと
「時々怖ぇんだよ」
 と言って、こちらへ、す、と手を差し出した。
 その目から酒が抜けて、鋒の鋭さを帯びる。
 途端、背中がビリッとした。今動いたら怪我をする。頬がスパッと切れて、血が出る。
 恐ろしい直感に身体を硬くしていると、タケちゃんは手を下ろして、気配を緩めた。
「こんなん、振るう相手を間違えちゃダメだろ。だから、武術を学べば、この力に手綱をつけるやりかたも分かると思った」
 そう語るタケちゃんが、初めて弱く見えた。
 やっぱりこの人は真面目だ。だからこんなに、思い詰める。
「時代間違えたねぇ。昔ならこれ民謡になってたよ。タケちゃん節」
 と言ってのんきに背中を叩くと、からかうなよと苦笑された。
「でも大丈夫だよ。止まるのは案外簡単さ」
 向こうに行こうとしても行けない俺が言うんだから、間違いない。
 タケちゃんはまたちょっと苦笑して、空いてんぞ、と、俺の猪口に酒を注いだ。




著:佐久田 葉

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