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【ユニットエピソード】ヒョウエイライツ 2026.04.25  【ユニットエピソード】ヒョウエイライツ

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「雪水くん!」

 金曜の3限終わり。
 今週最後の授業を終えキャンパスを歩いていると、名前を呼ばれて僕は足を止めた。

 振り返った先にいたのは、同じ授業を取っている男子生徒。よく近くの席に座ることもあって、言葉を交わすことも多い。
 彼は僕のいる木陰まで走ってくると、息を整えながら微笑んだ。

「よかった、まだ帰ってなくて。帰りがけに引き止めてごめん」
「全然大丈夫ですよ。それより、僕に何か用でしたか?」
 申し訳無さそうに微笑みながら、彼は「聞きたいことがあって」と要件を切り出した。

「あのさ、サークルって興味ない?」
「……サークル?」
「俺、今アウトドアのサークル入ってるんだけど、雪水くんもどうかなって思って。……前にアウトドア飯の話した時、雪水くん結構知識あるみたいだったから。実際教えてもらったメニュー作ったらすごく美味しかったし」
「はは、口にあったならよかったです」

 よく登山に行くヒカルのために、山や外でも手軽に食べられる食事についての知識はある程度頭に入っている。
 それを、たまたま話のついでに教えただけだったけれど、どうやら役に立ったらしい。

「俺もだけど、サークルのみんなも、ずっと雪水くんと話してみたいって言ってるんだよ。だからよかったらさ、今から参加してみない?」
「今から……?」
「今の時間なら、主要メンバーがサークル部屋にいると思うんだよね~。入る入らないは置いといてさ、見学がてら遊びに来てよ。みんなも喜ぶと思うし」

(どうしようかな……)
 今日の授業は終わったし、他の予定も特にない。なにより、こうして望んでもらえるのなら、少しくらい参加してみてもいいのかもしれない。

 それでも迷ってしまうのは、ヒカルのことが気にかかるから。今日はバイトが休みだと言っていたし、もしかしたらこのあと連絡がくるかもしれない。
(連絡を受けられなかったら、ヒカルはがっかりするかもしれない……)

 それに、サークルのみんなと話している途中に抜ければ、彼らにだって申し訳ない。
 そうなれば、僕が優先するのは幼なじみのヒカルだ。僕はいつだってヒカルの希望に応えたいし、失望されたくないのだから。

 もしヒカルに見放されてしまったら、この先どうしていいのか分からなくなる。

(僕は、ヒカルがいないとダメなんだ)

 陽だまりのような笑顔を浮かべるヒカルは、昔から人気者だった。いつも輪の中心にはヒカルの姿があって、みんなが彼と話したがった。
 そんな人気者が僕の存在に気づいてくれて、閉ざされていた世界から連れ出してくれた。
 今ここでこうしていられるのは、間違いなくヒカルのお陰で。だからこそ、ヒカルの傍にいないと不安になってしまう。
 ヒカルの傍じゃないと、昔の──誰にも必要とされない自分に戻ってしまいそうな気がして。

「…………」
「雪水くん……どうしたの? もしかして都合悪い?」
 心配そうな声音にハッとして顔をあげ、誤魔化すように下手な笑顔を浮かべた。

「あ、えっと……ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃって……」
「あはは。わかる! この時間ってなんか眠くなるよね~」
 気分を害した様子もなく、人のいい笑みを浮かべる彼はとてもいい人なのだろう。できるなら話してみたいし、友人になりたい。

 でも身に染みついた不安が、それを許してくれない。
(今日はひとまず、ヒカルのところに行こう)
 申し訳無さを感じつつ、僕は断りを述べようと口を開く。

「あの、せっかく誘ってくれたのは嬉しいんですけど、僕今日は……」
「トウカ、ここにいたんだ」

 断りを口にしようとしたところで、明るく少しはしゃいだ声が耳に届いた。
「ヒカル!」
 柔らかな笑みを浮かべながら、ヒカルが歩み寄ってくる。
「バイト休みで暇だったから、会いに来たよ……って、もしかして話し中だった?」
「あ、うん……」

「初めまして、愛染ヒカルです。トウカとは幼なじみなんだ。君は……トウカの友だち?」
「あ、はい……同じ授業を取ってて──」
 一通り自己紹介を終えると、ヒカルはこちらを見た。

「それで、2人はなんの話をしてたの?」
「実は、サークルに誘われてて……」
「へえ、なんのサークル?」
 好奇心が浮かんだ瞳が、今度は彼の方を向いた。
「アウトドアのサークルです。雪水くんアウトドア飯に詳しかったから、一緒にサークル活動てきたら楽しそうだなって思って」
「アウトドア? それなら俺も好きだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。よく登山とか行くし」
「えー! 実は今度サークルのみんなで、登山に行く話も出てて……よかったら、ヒカルくんの話も聞けません?」
 僕と話していた時よりも楽しそうに、彼はヒカルに話しかけている。

(……やっぱりヒカルはすごい)
 すぐにどんな人とでも仲良くなれて、上手く話すことができて。
 いつも、誰かに声をかけてもらうのを待っているだけの僕とは違う。
 明るい日差しの下で、楽しげに話し続ける2人は、なんだか僕とは別世界にいるように見えた。

「……トウカ? 聞いてる?」
「えっ……?」
 顔を上げると、2人が揃ってこちらを見ていた。

「ごめん、なんだった?」
「登山の話聞きたいって言うから、アウトドアサークル行ってみないって話」
「もちろん……いいよ」
 自分でも笑ってしまうくらい、煮え切らない返事だった。

 どうしてこんな反応になってしまうのか、理由はもうわかってる。
(こういう時、いつも……ヒカルに置いて行かれるような気がする)
 置いて行かれたことも、仲間はずれにされたことも、1度だってないのに。僕はいつも、そんなふうに感じてしまう。

「トウカー、何してるの? 行くよー」
「あ、うん」
 まるで数年来の友人のように、楽しそうに話しながら数歩先を歩く2人を追いかけて、僕も陽だまりの中へと歩き出す。

「……っ」
 長く日陰にいたせいか、日陽に出た途端、突き刺すような日差しに目がくらむ。
(眩しい……)
 明るさに目が慣れなくて立ち止まっていると、軽く肩を叩かれた。

「……トウカ、大丈夫?」
 いつの間にかこちらに戻ってきたらしいヒカルが、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「ごめん、大丈夫だよ。少し眩しかっただけだから」
「そう? でもなんか顔色悪くない?」
「え、そうかな……」
「そうだよ」
 戸惑う僕の表情をじっと見つめてから、ヒカルは少し怒ったように続けた。

「トウカ、また徹夜で本読んでたでしょ?」
 ズバリ言い当てられて、僕は眉尻を下げる。
「ちょっとだけだよ……気になった本があったから、寝る前に読んでて」
「それで? 気が付いたら夜が明けてた?」
「…………そう、だったかも」

 幼なじみであるヒカルには、僕の行動なんてお見通しなのだろう。「まったく」と言いたげな顔でため息をついた。
「ごめん……でも、別に体調が悪いわけじゃないから大丈夫だよ」
「ダメだよ。今日はもう帰ろう」

 言うが早いか、ヒカルは離れた場所で待っている男子生徒に声を掛けると、軽く会話を交わしてから、こちらに戻ってきた。
 そのまま、僕の体をくるりと反転させると、ぐいぐいと背中を押し始める。

「はい、帰ろう。歩いて歩いて」
「えっ、でも……サークルに話しに行かなくていいの?」
「また今度にしよって言ってきたから大丈夫!」
「けど、せっかく声を掛けてくれたわけだし、ヒカルだけでも行ってきていいんだよ」
「なんで……?」
 心底意味がわからないと言いたげに、ヒカルは首をかしげる。

「トウカがいないのに、行っても意味ないじゃん」

 何気ないその言葉がどれだけ僕の心を救っているのか、ヒカルはきっと知らないだろう。
「それよりほら、行こう」
「……うん」
 促され、僕らは並んで歩き出す。今度は眩しさに目が眩むこともない。
(ヒカル……)

 もしかしたらいつか、ヒカルが離れていってしまうような日が来るかもしれないけれど。
 その日まで僕は、僕を救ってくれたヒカルのために出来るだけのことをしよう。
 でもできるなら──

(……ずっと、ヒカルの一番の親友でいられますように)
 そんな願いを胸の内で呟いて、僕は青く澄み渡った空を見上げたのだった。




著:海野凛久
イラスト:青猫

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