2026.06.08
【ブックマークエピソード】隠真
【隠真】-インシン-
どれほど隠されても、真をみいだす
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「全部お前のせいだ」
黒板の前に立った親友が、笑顔で呟いた。
整然と机が並べられた教室。後ろの掲示板には、図工の時間に描いた絵が人数分掲示されている。その中の一枚、黒板の前に立つアイツの絵だけ半分に破かれた痕があった。
彼の使っていた机には、心ない言葉がいくつも書かれている。
「全部お前のせいだよ、イザナ」
繰り返されるのは、オレを責める言葉。
何か言おうにも、喉が詰まったように声が出ない。それどころか、指の先一つ動かせない。
それで気が付いた。
──ああ、これは夢だ。
色とりどりのチョークで「お別れ会」と書かれた黒板。
実際には無かった光景なのに、痛いくらいに鮮やかさが網膜に焼き付いている。
黒板の周囲では、彼との別れを惜しむように、クラスメイトが集まっていた。
(これは、オレが作り出した光景だ)
オレの「こうであればよかったのに」という理想と、現実が入り交じった、歪な光景。
「お前なんかいなければよかったんだ」
黒板の前に立つ親友が、再び歌うように呟く。
オレは声も出せないまま、ただかつての親友を──自分の罪を見つめていた。
「お前が余計なことを言ったから、僕のお母さんはおかしくなった」
「お前が余計なことを言ったから、先生は死んだんだ」
(そうだ……全部オレのせいだ)
(全部、オレが……秘密を暴いたから)
始まりは本当に偶然だったんだと思う。
「お父さんが変なんだ……」
「僕とお母さんのこと嫌いになったのかもしれない」
悲しそうな顔をする親友を見ていられなかった。
だからオレは、いつの頃からか自分に備わっていた能力を使うことにした。
他人の嘘や秘密を見抜く力。
人を見ていると、自然とその仕草や視線、表情から色んなことがわかるようになった。
きっとこれは普通のことじゃない。オレだけに備わった、特別な力だ。
特別な力を持った自分に、幼いオレは少しだけ酔っていた。
だから、特別悪いことだとも思わずに、アイツに真実を伝えた。
だって隠し事は悪いことで、真実だけが正義だと思っていたから。
少しの気まずさが舌の動きを鈍くしたけれど、真実を伝える高揚感が幼いオレの背を押した。
「お前のお父さんが冷たくなったのは、お前とお母さんのせいじゃない。……ただ、他に想う人ができたからだよ……オレたちの担任の先生……」
この時のオレは、本当に何も考えていなかった。
人の秘密を暴くことが、どんな結果を招くのか。
そしてその先に、どんな結末が待っているのかを。
ただ、真実さえ伝えれば全てがもとに戻るなんて、甘い考えだけで。
けれど現実は、いとも簡単にオレの甘い理想を打ち砕いた。
オレが暴いた秘密は、大人たちの手に渡って、一気に牙を剥いた。
まずは、彼の両親が離婚を選び、一つの家庭が崩壊した。
──こんなはずじゃなかった。
次に、彼の母親の心が壊れて、学校に怒鳴り込んでくるようになった。
──ちがう、オレはこんなことになるなんて思わなくて。
周囲からの非難に耐えかねた担任が自ら命を絶った。
──オレは、オレが……真実を、明かしたせいで
そして教室では、親友に対する陰湿なイジメが始まった。
大人から伝播した子供の悪意は、それ故に純粋で、残酷で、容赦がなかった。
繰り返される悪態に、じゃれ合いと称した暴力。
──やめろ、やめてくれ……頼むから。
こんなこと望んでない。
オレはただ、アイツにまた笑って欲しかっただけなんだ。
「イザナ、お前は人殺しだよ」
「……っ!」
別れ際、親友だったはずのアイツがオレに残した最後の言葉。
(ああ、そうか……)
オレが真実を暴いたから……彼の母親の心は壊れて、先生が死んだ。
得意になって、彼のためと言いながら自分の力に酔って、無自覚に踏みつけ、壊してしまった。
(真実なんて、ロクなもんじゃない)
もう何も知りたくない。見たくもない。
それなのにオレの目は、真実を拾ってしまう。
どんなに苦しいと、助けてくれと叫んでも、助けなんてこなかった。
ただ、うずくまるオレの頭を誰かが撫でてくれたような、そんな記憶だけが夢の狭間に溶けて消えた。
著:海野凛久