2026.06.15
【#羽雛シオン生誕祭2026】殻の安寧

誕生日は、毎年家族にちゃんと祝わってもらってきた方だと思う。
だから僕は、毎年誕生日が楽しみだ。
今年だって、パパとママはあらかじめ、スケジュールを僕のために空けてくれてたし、僕もこの日は特別ってことで、学校を休んで、家族でとっても幸せな時間を過ごした。
美味しい食事、ワクワクする体験、そして素敵なプレゼント。
あぁ良かったな、幸せだなぁ、なんて良い日だったんだろう……と、思いながらパパとママを港まで見送って、カナメさんと帰路について、それで僕の誕生日祝いは終わったと思ってた。
けど。
帰宅したタイミングで、カナメさんが不意に口を開いた。
「坊ちゃん、実は私からも、ささやかですがプレゼントがございまして。よければ、受け取っていただけませんか」
「えっ? ホントに!? えっ、ずっと渡すの待ってくれてたの!?」
「家族水入らずの時間を、楽しんでいただきたかったので」
「カナメさん……」
気遣いに感謝しそうになった瞬間、カナメさんがにこりと微笑んだ。
「それに、外で渡すには少々難しい品なので」
「……え?」
急にイヤな予感がした。
少なくとも、新しい自転車とか。サバイバルセットとか、そういう、僕が普通に嬉しくて役に立つなぁと思うもの……じゃ、絶対ない。
普通にしてるときのカナメさんは普通に頼れる大人だ。
だけど、ニコニコな笑顔から何が飛び出してくるか、皆目見当がつかない。
「では坊ちゃん……。お誕生日おめでとうございます」
そう言ってカナメさんが手渡したのは、一抱えはある大きな箱だった。
丁寧にラッピングがされているけど、十中八九、市販品じゃない。
「あ、ありがとう……えっと……」
「壊れやすいので、お気をつけくださいね」
「え、あ、うん……」
そっと下ろして、包みをほどいていく。
「これ……って……?」
中から出てきたのは、よく冷やされた、巨大な卵だった。
「えーっっっっと???」
「恐竜の卵……」
「えっ!?」
「というのは流石に冗談で、ダチョウの卵です」
「だ、ダチョウ!?!?!?!?」
「申し訳ありません。本当は、草食恐竜の卵ぐらいご用意したかったのですが」
「いやいや、ダチョウも十分どうかしてるっていうか、えっ、えっ!?」
ダチョウってあのダチョウ?
足が速くておめめぱっちりの、あの鳥???
という僕の困惑を読み取ったように、カナメさんはニッコリ微笑む。
「はい、足の速い鳥のダチョウです。目元なんか大変かわいらしいですよね」
「えーっと、えっと、えっとこれ、えーーーっっと」
完全にキャパを超えていた。
僕はまだまだ器が小さい男なのだと、誕生日にここまで実感させられるとは思わなかった。
「あぁ、使い方を教えておりませんでしたね」
と、カナメさんは卵をひょいと抱え、僕に左右から両手で掴ませた。
そして、神妙に僕を見た。
「坊ちゃんは、猫派ですか?」
「えっ、えぇえ……? うーん……もちろん猫もすっごい可愛いと思うけど、犬の方が好きかなぁ……」
「朝食はご飯派ですね?」
「うん、ご飯好き」
カナメさんはぽんと軽く卵に触れた。
「こうやって両手で持って、相手の質問に答えるんです。嘘をつくと、勝手に割れてしまう……と、海外ドラマで紹介されておりまして」
「えっ……じゃあこれ、嘘発見器なの!?」
「まぁ、ソースがフィクションなので、半ばジョークのようなものですが……」
カナメさんの目が、きゅっ、と細められる。
まるで標的を品定めする捕食者のように。
「では、最後の質問です」
「──坊ちゃんは、本当に……冒険をなさりたいのですか?」
「えっ……?」
「あなたの望みは、探検ではなく冒険で間違いないのかと、お伺いしているんです」
「……えっと……」
「探検は、探り検(しら)べることが目的です。知識を得られる。知見を得られる。恵みの多いものでしょう。その課程において、コストとしてのリスクを伴うかもしれませんが、目的地はポジティブな成長です」
ですが、と、カナメさんは言葉を続けた。
「冒険は違います。危険を冒(おか)すこと……リスクへ踏み込むことこそが、その目的なのです。得られるものはただの危険、目的地などどこにもない。安寧をあえて捨て、崖から身を躍らせる……。その瞬間のアドレナリンこそが、冒険の本質だと、私は考えます」
丁寧に違いを教えてくれるカナメさんの目には、感情はほとんどなかった。
さっきまでのにこやかさすら、もう無い。
ただ冷静に、静かに、カナメさんは僕を見ていた。
それで、理解する。
「問います、坊ちゃん」
今の彼は、僕の従者じゃない。
僕が、仕えるにふさわしい主人かどうか品定めする、門前の、ただの他人だ。
「あなたは、冒険を望むのですか?」
答えを考えるより先に、口が動いた。
「当たり前だろ」
──だって、今更問われるまでもない。
「ただ生きるだけの人生じゃ、俺が、生まれた意味ないじゃん」
カナメさんは、束の間、目を見開いていた。
「坊ちゃん……」
それから、ひどく嬉しそうに笑った。
「……ありがとうございます。……それが聴けて、何より嬉しい」
その笑顔に、いつもの、大人をしてる時のカナメさんが戻ってきたのだと、ホッとする。
「っていうか重いよこれ、いつまで持ってれば良いの?」
「あぁ、失礼いたしました。せっかくですから坊ちゃんのお好きなシフォンケーキでもお作りしましょう。寝る前のデザートには間に合うかと思いますよ」
「ホント? 今日食べすぎじゃない?」
「では、明日になさいます?」
「……ううん、やっぱ今夜食べる」
「かしこまりました」
カナメさんは卵を抱えて台所に向かう。
そのあとを、ついていく。
カナメさんは、金槌とボウルを用意して、卵を割ろうとしていた。
「ねぇ、カナメさん」
「はい」
「カナメさんは……スリルのためなら、俺のこと見放せる人?」
カナメさんは、にこりと微笑んだ。
「まさか、とんでもございません」
答えた弾みに、卵が割れた。
著:佐久田 葉
イラスト:青猫