2026.04.12
【#鉄地瓦シュウ生誕祭2026】言祝ぎ

シュウの誕生日が近い、という話を、アキラから聞かされた。
「……はぁ」
お祝い事をすっぽかすような不義理を働くつもりもないが、かといってあの、メカいじりにしか興味のないような男に自分が何を贈れるのか、今ひとつピンと来ない。
(エンジン図鑑……はもう、ナンボでも持ったはるし)
シュウほどの知識量の人間相手に、専門分野に首を突っ込むような贈り物はためらわれる。もう持っている、もう知っているようなものは、ギフトとしてさして意味が無い。
(けど……分野外のモノ贈られても、困るやろしな……)
何を贈るつもりなのか、とアキラに尋ねると、知人のツテで手に入れたスクラップブックを贈るつもりだと返事された。
それなら確かに喜ぶだろう。バイク系の雑誌を買っては、好きな箇所を切り抜いて集めているような男だ。
彼一人では手に入れられなかったような古い写真のスクラップであれば、きっと、言葉に出来ないほどはしゃぐに違いない。
さすがアキラだ。贈り物を心得ている。
(……俺はアカンわ。何も思いつかん)
しばらく頭の隅に置きつつ、お猫さまをもちもちして思索を巡らせる。
そんな折、玄関の方からバイクの音が聞こえた。
(……あ、シュウや)
ひょい、と様子を見に行くと、見慣れたバイクにまたがったシュウが玄関先に立っていた。
「よう」
「なん、どないしたん? 今日輪読会とちゃうやろ」
「そうなんだけどよ」
といって、シュウがバイクから荷物を下ろす。
「……これ、うちのじいちゃんから、お前んとこの婆さんに」
そう言ってバサリと玄関先に置かれたのは、古い本の束だった。年季の入った本の数々を、ビニール紐でまとめてある。
「じいちゃんの友だちが、家を手放すことになって……で、初版本が色々出てきたらしくてよ。三条の婆さんが欲しがりそうなモン見繕って贈ることんなった、って話だったから……持って来た」
「そんだけのために、わざわざ? 郵便でええのに」
「バイク乗んの、好きだから。郵送の手続き行く方が面倒だし」
「いやぁ……。……まぁ、シュウがえぇならかまへんけども……」
往復3〜4時間バイクに乗る方が、ちょっと出かけるより楽、という考え方は、やっぱり変わったやつだ。
「茶ぁ出すから、ちょっと休んで行かはったらえぇわ」
「あぁ、いや。すぐ帰るから」
「えぇから。わざわざ名古屋から来た相手に何のお構いもせぇへんで返したら、俺が婆さまにどやされんねん」
「……じゃあ……。お邪魔します」
シュウはぺこりと頭を下げ、少しぎこちなく靴を脱いだ。やや緊張が見えるところをみると、用もなく人の家に上がるようなマネは、あまり得意じゃないんだろう。アキラならニコニコと上がって来ながらトークの一つ二つ展開してくるところだ。
「……そういえば誕生日近いらしいな」
居間で茶を出しつつ、直球で話を振ると、シュウは驚いたような顔をした。
「なんで知ってんだ」
「アキラ情報や。アイツお祝い事にか事欠かんからな」
「あぁ……」
シュウは納得したように湯飲みを抱える。
「……で、なんや欲しいものないん?」
「今は思いつかねえな……。欲しいもんあったら、自分でその場で買っちまうタイプだし」
「あー、まぁ確かに、せやろな……」
相手が悪かったかもしれない、と、今更に後悔した。
人付き合いが苦手というのは、人に頼ったり甘えたりするのも下手ということだ。この男から望みを聞き出すのは案外厄介なことかもしれない。
「ほな、困ってることは?」
「それもあんまり……」
シュウは眉根を寄せた。本当に心当たりが何もないらしい。
「ほな、好きな食べ物は?」
「豆腐とササミ」
贈り物に不向きすぎる。
「……ほな、食べられへんもんは?」
「あんまりねぇな」
「え、ほんまに? パクチーとかチーズとか生トマトとか納豆とか、何でも食えるん?」
「逆にお前それ全部ダメなのか?」
「あ??? 悪いんか????」
「威嚇すんなよ」
こっちが同情される流れになる前に、食べ物の話は切り上げる。
(コイツほんま……えー、どないしよ)
むむむ、と悩む俺に、シュウは軽く肩をすくめた。
「……俺は、いつもよくしてもらってるだけで、十分ありがてぇし。プライベートの贈り物とか、あんま、もらうのもするのも慣れてねえから。気ぃ遣わねえでくれるほうがいい」
「ちゃうねん、これは、気遣いとかやないねん」
シュウとの付き合いは、半ば仕事付き合いのような縁とは訳が違う。アキラが贈るから自分も、という訳で、ギフトを贈りたいわけでもない。
言うならこれは、自分から一歩踏み出すのに近い感覚だった。
祖父母から継いだ輪読会を通じて、知り合った仲間。
自分のテリトリーとは違う世界で生きてきた、分野外の友人。
その縁を、多少なりとも自分も大事に思っているから、何かしらの形にしてみたいと、そう思っているのだ。
答えをグルグル考えているうち、シュウのスマホが鳴った。
「悪い」
と一声かけて、シュウが立ち上がる。
少ししてシュウは
「八つ橋買いに行くことんなったから、ぼちぼち帰るわ。またな」
と声をかけた。
「あぁ……」
引き留めるのも無粋に思えた。
「ほなまぁまた。気軽な距離でもないけど、いつでも来てな」
と声をかけて、外まで見送りに出る。
シュウがひょいと手にしたヘルメットを見て「え」と声が出た。
「偉い年季やな」
「あぁ……。じいちゃんが使ってたやつそのままもらったんだけどよ。中もだいぶ古くなってて、買い換えなきゃならねぇんだけど。色とか形とか、自分で選ぶの苦手で」
「それやん!! なぁ!!!!!」
思わず声を上げると、シュウがビクッと跳ねた。
「困っとるやん! お前! それ早よ言わんかい!!」
「え……。あー……。そうか、これ悩み事か」
「俺が選んで買うたるわ。ヘルメットのサイズとかあとで送りや」
「……おう」
シュウは少し驚いた顔をしていたが、少し、はにかんだ。
「……ありがとな」
「もろてから言いや」
「ん。そうな。……じゃあ」
そう言って、シュウはバイクにまたがり、帰って行く。
後日、お似合いのヘルメットが届いた。
そこに、一筆したためたシールを、ぺたりと添える。
これから長い距離を走って、うちまで顔を出すであろうシュウを、少しでも言祝げたらいいと、らしくもないことを、思わなくもなかったから。
著:佐久田 葉
書:久保田さらら