2026.06.22
【ブックマークエピソード】求智

【求智】-キュウチ-
ただひとり、智を求めゆく
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他人と関わらないのが一番気楽だと、ようやく思えた。
始まりは幼稚園で、大好きな車のおもちゃを改造した。直進して壁にぶつかったら可哀想だと思って、途中で右折するよう調整したら、俺が壊したと誤解された。上手く説明できればよかったのに、悔しくて言葉がちゃんと出てこなかった。
おもちゃはジャンクとしてガキ大将の力試しに使われ、粉々にされた。俺はガキ大将に殴りかかってトラブルになった。
小学校では、マシン創作コンテストで特別賞をもらった。
なのに、不正を疑われていたと知った。
あの子の作品は、子どもらしい無邪気さがないし、完成度が高すぎる。
実家の工場の大人が力を貸したに違いない。
だから特別賞「どまり」だ。
そんなやりとりを聞いてしまった。
俺は審査員に説明しに行った。自分だけで作ったんだと分かってほしくて、一生懸命話した。
でもダメだった。
彼らは、賞を取り消したりはしないと言い、面倒そうに俺を追い払った。
両親がお祝いで買ってくれたケーキの味は、ほとんどわからなかった。
そんな調子で生きていくうち、自分がイヤになった。
人と関わっても、ちゃんと誤解を解けなくて、最後はいつも、気持ちが真っ黒になる。
ものづくりだけが、楽しかった。
実家の工場で設計に没頭しているうちは、他のことは気にならなかった。
色んなものを作るうち、自分のアイデアだけじゃ足りないと思った。
もっとたくさんのことを知りたくなって、図書館に行って科学の本やSFを読んだ。
心地よかった。この世界で、本だけが俺を傷つけなかった。
俺を変な目で見たり、仲間外しにせず、知識欲に存分に応えてくれた。
俺は読書にのめり込んでいった。
そうするうち、語彙がズレていった。
同級生の知らない単語を知っていた。
同級生の知っている単語を、知らなかった。
会話が成立しづらくなって、ますます孤立した。
そんなのどうだっていいと思いたかった。
なのに、一縷の思いを捨てられなかった。
物語の世界では、どんな主人公だって、最後には仲間に恵まれる。
それなら自分にも、いつの日か。
心の奥底に残り続けた願いは、高校でついに叶ったかに見えた。
進学先はロボット競技部の常勝校で、部長は、マシン創作コンテストで最優秀賞を取り続けてきた天才だった。
授業中に設計図を描いていて怒られたなんてエピソードには共感できたし、ものづくりが大好きでたまらない姿勢は、自分と同じだと思えた。
彼を先輩と仰ぐうち、小さな期待を持ってしまった。
この人になら、俺の話も分かってもらえるんじゃないか。
もしかしたら、仲良くなれるんじゃないか。
入部して数ヶ月後、思い切って自分のアイデアを話してみた。
先輩は目を輝かせて「それすっごい面白いな!」と言ってくれた。
その一言が、どれだけ俺を救ってくれたか。
それからの部活は楽しかった。
先輩は俺より賢かった。俺は先輩を尊敬して、もっとたくさん本を読んだ。
話がかみ合うのが嬉しかった。
俺たちは、日が沈むのも忘れてものづくりに没頭した。
だけど、それもつかの間だった。
先輩の知らないことを、俺が知っていた。
設計の意図が、上手く伝わらなくなった。
受験勉強で忙しいんだ、と、先輩は言った。
前みたいにのめり込めなくて悪い、と。
そんな風に謝らせたいんじゃなかったのに。
そのうち大会が近付いてきた。
うちの部では、部員たちがそれぞれ設計図を公表して投票を行い、上級生が最終審査して、コンテストで作るマシンを決めることになっていた。
先輩の設計図は、精細を欠いていた。
実際に動かしたら壊れる箇所、もっとスムーズにできる箇所。そんなのが無数に見つかった。
部員は誰も気付いていないようで、先輩の設計図は、圧倒的な得票数で首位になった。
俺は誰にも、票を入れられなかった。
部長は提出された設計図をまとめて、審査結果は来週伝える、と言った。
それから、少し辛そうに俺を見て、すぐ目をそらした。
翌日、俺は先輩に話をしにいった。
少し修正すれば、素晴らしいマシンになると。きっと大会でも優勝できると。
先輩は
「黙れよ」
と、俺を突き飛ばした。
「もううんざりだ」
「ヒマな一年と違ってこっちは受験勉強もある。お前みたいに、好きなことばっかりやれない」
「なのに海外の論文なんか読んで、当てつけかよ」
「ホントは俺のことバカにしてんだろ。こんな簡単なことも理解できない、って、内心じゃ嗤(わら)ってたんだろ!」
「お前は頭良いから」
「お前は、天才だから」
「お前のことなんて、誰も理解できないんだよ!」
頭が真っ白になった。口の中がカラカラだった。
「お前の設計図を見た父さんがさ、俺のだと思い込んで、初めて褒めてくれたよ。やっと作れるようになったな、これで自慢の息子だって、って……。なぁ、俺の気持ちが分かるか?」
先輩の目は、ほの暗い炎を宿していた。
「……ちがうん、です。俺は……ただ……」
何を言っていいか、分からなかった。
自分が間違えたことだけが、分かった。
「お前さえいなきゃ、俺は、こんな惨めな気持ちにならなかったんだよ!」
先輩は俺につかみかかってきた。
どうしていいかわからなくて、先輩のこぶしを受け止めた。
「お前なんか! お前なんか!!」
そのうち、先輩の足がもつれた。
「あ」
先輩は車道に出た。
そしてそのまま、車に撥ねられた。
先輩は一命を取り留めた。相手の両親に、俺はただ、頭を下げることしかできなかった。
学校では、自分の案を却下された俺が、逆上して先輩を突き飛ばしたと噂になった。
でももう、どうだってよかった。
どうせ理解されない。俺が何を言ったって無駄なのは、いつものことだった。
部活は辞めた。
人が寄ってこないよう、見た目も変えた。
学校に行くより、工場で過ごすことが増えた。
最初から、仲間なんて望むべきじゃなかった。
誰かに理解されようなんて都合の良い夢、もっと早くに諦めるべきだった。
ただ本だけが、変わらず、俺のそばにあった。
著:佐久田 葉