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【#小雨ナオ生誕祭2026】君に光を灯せたら 2026.05.10  【#小雨ナオ生誕祭2026】君に光を灯せたら

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 常連さんに頼まれて、喫茶店でこっそり、彼の奥さんの誕生祝いをやることになった。

「珍しいな、アンタが人のそういう頼み事聞くの」
「そう? お客さんの頼みは、基本的によく聞くんだけどね」
「ふぅん……」

 イザナくんはなんとも言えない顔をしていたが、こういうときの彼は、余計なことは言わない。

 代わりに冷蔵庫に並んだケーキを見て
「で、それが試作?」
 と尋ねた。

「うん。チョコと、抹茶と、普通のと……何個か作ってみたんだ。といっても、別に僕はプロのパティシエじゃないから、下手の横好き、って感じだけど……」
「いや、アンタ凝ると結構だから……」
 そういいつつ、イザナくんはふと、眉根を寄せた。

「誕生日と言えば……アンタ、ナオの誕生日って知ってるか?」
「えっ……いや、知らないな……」
「そうか……」

 実のところ、聞いてみようと思ったことすらなかった。

「こないだ祝われたから、何か返礼しようとしたのに、アイツ頑なに答えなくて」
「へぇ? ナオくんにしては、強情だね」
 イザナくんは少し目をすがめた。

「ま……。アイツの実家のこと思えば、無理ない話かもしれないけど」
 その言葉に、思わず自分も、目を伏せる。
 ナオくんは、ネグレクト気味の扱いを受けて育ったらしい。
 本人もハッキリとは言わないけれど、それでも、彼が時々、消えてしまいたいと思うほどに自分を無力な存在だと感じているのは伝わっていた。

「……アイツ、誕生日なんて、きっと祝われたことないだろ。本人も、自分が生まれたってことに、何の価値もないと思ってしまってる」
「そうだね……同感だ」

「けどオレは……。別に……祝う事なんて、そんな大した手間でもないし……。第一、もらいっぱなしの方がよっぽど、むずむずしてイヤな気分になる。オレの機嫌を気にするんだったら、祝わせてくれた方がよっぽどいい」
「それ、本人に直接言ってあげればいいじゃない」
「言ったに決まってるだろ。けど、謝られて逃げられた。……怒ってたわけでもないのに」
「……はは……なるほどねぇ」

 つまり、イザナくんは仲介を頼みたいらしい。
「上手く聞いておくよ。ナオくんの誕生日」

 イザナくんは、苦虫を噛みつぶしたような顔で頭を下げた。
「……そうしてくれると、助かる」

 頼み事が苦手な彼からそんな言葉を聞くのは、なんだか新鮮だった。
 口ではなんだかんだ言いながらも、結局お兄ちゃん気質で、ナオくんのことを放っておけないらしい。
 イザナくんはバイトが終わるまでの時間、わざわざ何度か念押しして、帰って行った。

(だけど……誕生日かぁ。少し鈍感になってたなぁ)
 締め作業を終え、一人になったところで、バースデーケーキの梱包セットをふと眺めた。

 祝いの言葉も、華やかな飾り付けも、自分にとってはどこか、他人事だった。
 正直に言ってしまえば、誕生日を祝うことに、自分はもう、あまり意味を見いだせていない。

 30も近くなってくると、年齢を数えるのもどうだって良くなってくる。
 年々の変化は、幼い頃に比べればずっと乏しいもので、だからこそ、また1年人生を乗り越えたのだと、わざわざ祝う意味も乏しくなっていくものだ。

(……いや、そうじゃないか。俺自身が……自分が生きていることに、罪悪感があるせいで、自分が生まれた日そのものを、祝う気が起きないんだ)

 この感覚は、どこかナオくんとも符合するように思えた。
 此岸に立つのは自分じゃなかったと思う自分と、此岸にいる価値がないと思い込んでいるナオくん。

(……いや、少し違うような……)
 違和感に、思考が一度止まる。

 イザナくんの言葉。
 こないだ祝われたから、という、その一言。
 確か、祝おうと言い出したのは、ナオくんじゃなかったっけ。

(だとしたら……ナオくんは……少なくとも、イザナくんの誕生日を祝う気持ちは残ってた。きっとまだ、全部が他人事ってところまでは、落ちてない。俺とは、違う)

 ナオくんを、思い起こす。
 力なくうつむく彼の目は、まだ、死にきってはいないんじゃないか。
 本当はまだ、どこかにある光を、探しているんじゃないか。

 そう思うと、不意に、胸がドキリとした。

(……なんだろう、この感情。……お節介だって、分かってるけど)

 そんなことを考えていた矢先、遠慮がちな足音が聞こえた。
 背後へ視線をやると、ナオくんが恐る恐るといった様子でこちらを見ている。

「……ナオくん?」
「あ、あの……。お店のほう、大丈夫、ですか? いつもなら、もう、終わってる時間、なので……その、ちょっと、心配になって……」

 その言葉に、思わず、表情を緩めてしまった。

 やっぱり、ナオくんは自分とは違う。まだ暖かい。
 英雄になりたいと願えるような、人のために頑張れる子が……自分と同じはずなかったんだと、思い知る。

「それが、ちょっと困ったことがあって。この店のオーナーに、従業員の子の生年月日の確認を頼まれたんだけど……ナオくんの生まれた日って、いつだったっけ」

 そうでっちあげると、ナオくんは
「ご、ご迷惑かけて、す、すみません……ぼ、ボクの生まれた日は……5月、の、……10日です……」
 と、ぎこちなく返事した。

「ありがとう。おかげで書類が出せるよ」
「あ、いえ、こんなことで、役に立てるなら……。ボクのほうこそ、いつも、置いてくれてありがとうございます」
 ナオくんはぺこりと頭を下げて、それから、少し気まずそうに周囲を見渡して
「他に、何か、手伝えることはありますか?」
 と尋ねた。
「ううん、もう大丈夫。書類仕上げて、ちょっとレシピ見繕ってから行くよ」
「はい」
 ナオくんは、またちょっと視線を泳がせてから、立ち去っていく。

(祝われたことなんて……きっと、本当になかっただろうから)
 小さな背中を見て、想いを馳せる。

 ナオくんが喜ぶもの。
 欲しがっていたもの。
 控えめな彼が、目を輝かせていた瞬間を、思い起こす。

(そうだ……。ファンタジー小説が好きだって、言ってたっけ)
 この前図書館から帰ってきたとき、嬉しそうにしていた。
 良い本を見つけたこと、ファンタジー小説を読んでいるときは、イヤなことも全部忘れられること。

(だけどきっと彼は、自分の欲しい本なんて、ほとんど買えてこなかっただろうな……)
 彼が今持っている本も、決して多いとは言えない。
 私学の図書館が蔵書を一部手放すタイミングで、なんとかもらえたものだと、以前話していたのを思い出す。

 翌日、僕は図書カードを買いに行った。
 欲しいものを選んでいいこと。自分の選択には価値があること。
 自分の命には、意味があること。
 少なくとも僕は、祝福したいと思っていること。
 それが、少しでも伝われば良いと思った。
(なんて……。たった一枚のカードに込めるには、ちょっと多すぎる意味だけど)

 だけどせめて、臆病な彼が、少しは自分を好きになれるように。
(……俺みたいに、なってしまわないように)
 そう考えて、ふと失笑する。
(いや……。俺も、ちょっとだけ、ナオくんやイザナくんに感化されてきてるのかな。こんな風にわざわざ、個人的にプレゼントを用意する日が、年に2回もくるなんて)
 そんな、どこか暖かい想像に、不思議と悪い気はしなかった。





著:佐久田 葉
イラスト:青猫

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