2026.03.15
【WD限定ノベル】御稜威ヶ原タケル
そろそろ暖かくなってきたんだな、というのを、気象情報じゃなくて犯罪件数の増加で知るのも因果な仕事だと思う。
ある日は喧嘩を仲裁し、ある日は現行犯の空き巣を追い回し、ある日はコート一着の不審者を制圧し。
西へ東へ奔走するうち、俺は、ホワイトデーの約束をすっぽかしてしまった。
書類を仕上げてふと我に返ったときには、もう22時を過ぎていた。
「あ゛ッ!?」
完全にやらかした。残業している場合じゃなかった。
慌てて署を飛び出して、お袋に連絡する。
「もっ、もしもし!!」
先月の14日、妹が俺に手作りチョコを作ってくれた。
溶かしたチョコをハートの型に流して、銀や色とりどりのつぶつぶをちりばめた可愛いチョコで、歯が欠けるんじゃねぇかってぐらい硬かったんだが、とにかく嬉しかった。
それで、ホワイトデーにお返しをすると、約束していた。
どんな悪い奴が街で暴れていても、絶対に、今日この日だけは実家に顔を出すと。
で、先週ちゃんと、ホワイトデー発祥の店で妹とお袋にそれぞれマシュマロを買った。
あとは渡すだけだった。
なのに。
「もう寝ちゃったわよ」
と、お袋は呆れたように言った。
「あの子、今日ホントに、ずっと楽しみにしてたのよ」
「……すんません……」
「仕事もいいけど……。ホント、働き過ぎて、身体壊さないようにね」
「ごめんなさい……」
「また近いうち、顔出してあげて」
「おん……」
電話は、ぴっ、と切れる。
少しして、お袋からチャットが届いた。
『これ、ビデオメッセージ』
すぐに、妹と弟が映っている動画が送られてくる。
妹はじっと、カメラを見ていた。
みるみる、その目に涙がたまる。
『……お兄ちゃんの、うそつき!』
言い捨てて、妹は画面の向こうに走り去ってしまう。
「えぅ゛ッ……」
思わず変な声が出る。
大ダメージだった。
(やらかした……ホンットにやらかした……)
帰り道のベンチでしおしおとヘコんでいると、携帯が鳴った。
ナギトからだ。
「あ、タケちゃんやっほ〜。今夜ヒマ〜?」
「……今……上がったとこ……」
「あ、そうなんだ? じゃあよかった! 今俺、ちょうど博多来ててね〜。ご飯一緒にどうかな?」
「おん……行く……」
「えっ、大丈夫? 何か悪いことでもあった? お腹痛い?」
「いや……大丈夫……」
「そのテンション怖いよタケちゃん……」
ナギトは俺もよく知っている店の名前を挙げた。
現地集合で、一度電話を切る。
落ち合うなり
「うわタケちゃん顔ヤバ」
とぎょっとされた。
「実は……」
と、今し方起きたことを語る。
「うーん……」
ナギトはなんとも言えない顔をした。
そして神妙に
「それはタケちゃんが悪いねぇ」
と言い切った。
「んなこた分かってんだよ!」
「うわ元気」
「じゃなくってぇ……どうしたら挽回できるか分からなくてぇ……」
「そりゃもう、誠心誠意謝るしかないんじゃない?」
「そうなんだけどぉ……」
ナギトはポリポリとタタキキュウリをかじりながら、ちょっと難しい顔をした。
「でも、今タケちゃんのホワイトデーはマイナスから始まっちゃってるわけだからねぇ。どうにかしてプラスに持って行くには……あらかじめ用意してたものだけ渡してもダメだよねぇ」
「そうそれ、そういう具体的な分析とアドバイスが欲しい!」
「今夜のタケちゃんなんか、ずっと怖いよ……」
ナギトは胡乱げな顔をしながら、レモンハイをごくごく飲む。
「一番良いのは、やっぱり、元のプレゼントと別に、ごめんなさいのプレゼントを用意することじゃない?」
「……つまり、マシュマロを倍、買うとか?」
「そういうんじゃなくって〜」
ナギトは、ちょっと考え込むような顔をする。
「今回妹ちゃんが傷ついてるのって、タケルお兄ちゃんが自分に時間を使ってくれなかった、自分との時間の優先順位を下げちゃった、ってことでしょ?」
「おん……ホント悪かった……」
「だから、『そんなことないよ、お前のためにお兄ちゃんこんなに頑張ったよ』っていうのを、時間をかけてアピールするしかないと思うんだよね」
「それって、具体的にどうしたら……?」
ナギトは難しい顔をした。
「うーん……俺まだタケちゃんの妹さん会ったことないから責任持てないよー……」
「そこを何とか! 今夜おごるから!」
「えぇ〜〜……」
ナギトは眉根を寄せた。
「じゃあ、あくまで、俺ならどうする、って考えを言うけど」
「おう」
「妹ちゃんのために、手作りのものを足す、かなぁ」
思いがけない言葉に、目を丸くしてしまった。
「……え、それって元のプレゼントと見劣りしねえか?」
「いいんだよ、見劣って。大事なのは『手間暇をかけた』ものを贈ることだから」
「……なるほど?????」
「全然分かってなさそうだから説明するね?」
「おん」
「大事なのは、そのプレゼントを妹ちゃんが受け取ることで、タケちゃんが妹ちゃんをとっても大事に思ってる、ってことが、しっかり伝わることなんだよ」
「ほん……」
「だから俺なら、真心と、ごめんねの気持ちをいっぱい込めて、手作りクッキーを添えてごめんなさいする」
「なるほどな……」
「どう、やれそう?」
「ん……やってみる」
「よし」
ナギトは、スマホで時間を確認した。
「まだ開いてるね」
「え?」
「買い物行くよ、タケちゃん」
「え、え、でも、お前飯……」
「後で二軒目入れば良いから。ほら、立った立った」
「お、おう」
まだ早く出てくるつまみしか頼んでいなかったのが功を奏した。
ナギトに言われるまま、会計を済ませて店を出る。
「タケちゃんみたいに忙しい人は、こういう手間暇かける時間作るのが難しいから、今夜やっちゃおう」
ナギトは俺を、百均の製菓コーナーと、深夜営業の食料雑貨売り場へ引っ張っていき、材料と道具を揃えた。
「タケちゃんち警察寮だから、俺入れないよね?」
「あ、おう」
「おっけー。キッチンあるスタジオ借りれたから行こう」
「お前こういうときすげぇな?」
「そこは『いつもすごいな、ナギト』でしょ〜!」
こうしてナギトに引きずられるように、キッチンスタジオに押し込まれ、ナギトに言われるがまま材料を混ぜ、型抜きし、オーブンで焼き、顔を描き、パッケージングし、気がついたときにはそれなりの仕上がりのクッキーが仕上がっていた。
「おぉ……既製品みてぇ……」
「そういうキット使ったからねぇ」
「すげぇな……」
ちょっとだけ、感動があった。
自分一人だったら絶対に至っていない解決策だ。
「ほら、タケちゃん! メッセージカード書く! ごめんねの気持ちをいっぱい込めて、丁寧なお手紙にする!」
「お、おう!」
ナギトは可愛いウサギの描かれたメッセージカードを差し出してきた。
俺が百均で型を選んでいる間に買っておいてくれたらしい。
(ほんと……助けられたな……)
妹に、感謝と、詫びの気持ちを綴る。
今回がっかりさせてすまなかったこと、でも、とっても大事に思っていること。
こうして無事、詫びプレゼントの準備が終わる頃には、空が白んでいた。
「よし、間に合ったね〜! ほら、朝イチでさ、妹ちゃんに会いに行っておいでよ」
と、ナギトが俺の背中を押す。
「おう、サンキュな!」
靴を突っかけて、スタジオを出る。
その前に、ちょっと振り向いて、一声かけた。
「……『いつもすごいな、ナギト』」
ナギトはにっこりと満足げに笑った。
「どういたしまして〜」
そして、ヒラヒラと手を振って、俺を見送ってくれた。
著:佐久田 葉