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【ブックマークエピソード】望険 2026.09.28 【ブックマークエピソード】望険

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【望険】-ボウケン-
 まだみたことのない険しさを望む

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 まだちっちゃかった頃。
 オリンピック選手になりたいと言ったら、パパとママは穏やかに微笑んでくれた。
 良い先生をつけてくれたし、僕も一生懸命頑張って、良い成績を残した。

 でも、地区の大会で優勝した時、先生が穏やかに言った。
「君はもう、この辺で十分だよ」

 最初、何を言われてるのか分からなかった。
 だけど親と先生の間で話はついてたみたいで、翌週からは別の習い事が始まった。

 そこからは、大体似たような感じだった。
 ある程度の成績を修めたところで、ストップがかかって、次が渡される。

 最初は、色んなものとの出会いにワクワクしてた。
 だけど中学生の頃に、自分はもしかして何か一つを極めることは許されていないんじゃないかって気がつき始めた。

 パパとママには、僕のおねだりをほとんど叶えてくれるだけの経済力があった。
 テレビで見て、欲しいなって思ったものはすぐ買ってくれた。
 行きたい場所があるって言えば、どれだけ離れた場所でも、翌日には連れて行ってくれた。
 僕はとても恵まれているし、愛されて育ったと思う。

 だけど、両親は静かに、レールを引いて、僕を剪定していた。

 スポーツ選手になる夢を。プロのアーティストになる夢を。
 自分の手で、何かをつかみ取る願いを。

 ねだれば、片鱗を味わわせてはくれた。だけど、言ってしまえば、文字通りの子どもだましだった。
 最終的には、審美眼を鍛えられた程度の成果しか残らなかった。

「ねぇ」
 と、ある日僕は、両親にねだった。

「今度の習い事は、全国大会行けるぐらい、長く続けたいな」
 両親は顔を見合わせた。
 それから、困ったように笑った。

「シオン、それはお前がやることじゃないよ」
「なんで? ぼくの人生だよ」
「それはそうだけど。お前も大きくなれば分かるよ。お前の人生には、もっと大きな役目がある」
「役目って、なに?」
「そのうちわかる」

 それ以上は、何を聞いても曖昧な返事しかもらえなかった。
 だけど、その会話で十分理解させられた。
 これ以上僕が何かを望むと、パパとママはとっても困る。
 ……違う。
 困るんじゃなくて、それよりもっと、お互いにとって悪いことが起きる。

 イヤなイメージが頭に湧いた。

 それは、とても大きな鳥かごだった。

 カゴはとっても広いから、鳥は最初、自分は自由だと誤解する。
 だけど、太陽を目指してめいっぱい羽ばたくと、ある日、檻に阻まれる。
 何度も何度も試すうち、自分は、この決められたカゴの外には出られないのだと知る。

(……このカゴは、パパとママが、ぼくを大事に思ってくれてる証拠だって、わかってる)

(だけど、こんなカゴに閉じ込められる人生、ぼくはイヤだよ)

 喉元まで、そんな言葉がせり上がった。
 でも、大好きなパパとママを傷付けたくなくて、僕はこくりと、飲み込んだ。

 結局、習い事はどれも、一年足らずでおしまいになった。

 せめてもの慰みに、冒険譚を読むようになった。
 自分の身体一つで過酷な環境に挑む人たちの姿は、本当にカッコ良く見えた。
 最悪な状況も笑い飛ばして前へ進む、そんな姿に憧れた。

 いつか僕も、こんな大冒険をしたい。
 そんな願いを懐きつつ、どこかで、かなわないのも、理解していた。

 中学三年の秋。
 高校進学の話が出た。

 僕は両親の元を離れることが決まっていて、代わりにパパの秘書を一人つける予定だと聞かされた。

「えっ!? なんでそんなこと勝手に決めたの!?」
 思わずそう叫ぶと、パパとママは、また困ったように笑った。
「大丈夫。この学校に行くことには、意味がある。きっと、一生を共にするような、大事な友だちも出来るよ」

 パパとママは微笑んでいた。
 それでも、僕の言葉は全部、子どもの駄々として素通りされた。
 これ以上抗議しても意味がないって、分かった。

 そこで、ようやく理解した。
 僕は一族の稼業を継ぐために、後継者として育てられているんだ、って。

 考えてみたら、周りの子も僕と同じような環境だった。だから違和感を持つのが遅かった。
 みんな、満たされた生活に目隠しされて、自分の将来を摘み取られているのに気がついていない。

 今、僕が、僕の意思で手にできたものは、どれだけあるだろう。
 この身体も、知能も、感性さえも、もしかしたら全部、パパとママに……羽雛の家に、デザインされた通りのものでしかないんじゃないか。

 気付いてしまった瞬間、雷に打たれたような気がした。

 自分が望んだわけじゃないレールが敷かれている。
 こんなはずじゃなかった、と思う間にも、どんどん抜け道が潰されて、逃れようのない軌道に乗せられてしまう。

 ここから逃げ出さなきゃと思った。

 パパにもママにも悪気はない。
 この贅沢で、豊かな生活を続けていくために、僕を愛しているから、こうしてくれてる。

 僕だって、パパもママも大好きだった。

 だけど。
 僕の人生は、僕のものだ。

 完璧なデザインと完璧な能力が必要なら、そんなの、アプリにでも任せれば良いと思った。

 僕の形をしたシステムを代わりに据え置いても、きっと、後継者の役目は果たせる。

 だって、僕たちみんな、羽雛のシステムの一部なんでしょう?

 そう言っても、パパとママを困らせるだけだと思った。
 でも、もうこのまま言いなりにはなれないと思った。

 今こそ、僕の冒険をするときだと思った。

 僕はコンパスを買ってもらった。
 パパとママは不思議そうにしていたけど、何かの記念になるのなら、と、快く買ってくれた。

 そして、高校に入学する日。

 パパの秘書を務めていたお兄さんが、車で迎えに来た。
 中には僕の好きなドリンクも音楽も用意されていて、いつも通り居心地は良かった。
 だけど、僕は途中で「お腹が痛いからちょっと止めて」と頼んだ。

 お兄さんは不思議そうな顔をしつつも、サービスエリアに車を止めた。

 僕は、トイレに行くフリをして、彼の視線が外れるのを待った。
 だけど、社長秘書のお兄さんは優秀で、ずっと僕を見ていた。

 視線を振り切るのは無理だと悟った。

(ならもう、強行突破しかない……!)

 お兄さんの一瞬の隙を突いて、サービスエリアの柵を越えて坂道に転がり出した。
 お兄さんは驚いた顔をして、すぐ車から出てきた。

 だけど、スーツで革靴のお兄さんより、僕の方がずっと早いに決まっていた。
「わわわわわわ!!」
 走る、と、落ちる、の間ぐらいの速さで、僕は坂道を駆け下りた。
 降りきったとことで上を見上げると、お兄さんがビックリしたような顔で僕を見ていた。

「ごめん! バイバイ!」

 そう叫んで、僕はお兄さんを振り切って逃げ出した。

 それから走って走って、走るうち、とうとう気配を撒いた。

「やった……!」
 僕は隠しておいた荷物から、コンパスと地図を取り出した。
 これで、近くにある別荘まで逃げ切ってしまおうと思った。
 そこに立てこもって、パパとママに、遠くの高校になんか絶対行かない、って、言ってやろうと思った。

(別荘までは50キロあるけど……この距離なら十分! 休みながらなら、絶対行ける……!)

 別荘の方角も、今居る場所も分かってる。
 あとは歩いて行くだけだった。

 だけど。

 その日は、春嵐だった。

 何時間か歩いた頃、雨がポツポツ降り出した。
 最初は問題ないと思った。

 大冒険に悪天候はつきものだ。

 僕はたちまちずぶ濡れになった。
 最初は、雨だって心地よかった。

 だけど、だんだん、予定が狂い始めた。
 頼りにしていた地図が、雨でぐしゃぐしゃになった。
 指がかじかんで、濡れた服が重たくなって、体力が思ったよりも持って行かれた。

(ダメだ、諦めるな。止まっちゃダメだ)

 何とか自分を奮い立たせて、一歩、一歩と前に進む。
 その足も、すっかり靴擦れして、雨でぐちゃぐちゃに濡れて、ひどい状態だった。

 身体が重かった。
 寒くて、寂しくて、お腹がすいた。
 途中から、泣いているんだか、雨に打たれているんだか、分からなくなった。

(人生を、取り戻すんだって、決めたじゃんか! 今、諦めたら、僕は一生、何にもなれないままだ……!)

 そのうち、日が暮れた。
 あたりは真っ暗になった。
 何とか見えた道も、だんだん細く、悪くなっていった。
 靴裏の感覚で、石と砂が混じった小道に入ったのが分かった。

(ダメだ……歩きにくい……。この道、戻った方が良いのかな……)

 そう思って姿勢を変えようとした瞬間、ぬかるみに足を取られた。

「あっ」

 膝がすりむけて、ズボンが破れた。
 転んだ弾みに、コンパスが割れて、壊れた。

 僕の冒険は、ここまでだと告げるように。

「……そん、な」

 ぺたりと、そのまま座り込んでしまった。
 立たなきゃと思うのに、もう足が、一歩も前に出せなくなっていた。
 僕はただ、雨に打たれて、呆然としていた。



 やがて、雨が傘を打つ音が聞こえた。
「坊ちゃん」
 涼やかな声に顔を上げると、秘書のお兄さんが立っていた。

「さぁ、帰りましょう」
 この手を取ったら、逆戻りだと分かった。
 分かっていたのに、もう、振り払うことさえ出来なかった。

 お兄さんは僕を抱え上げた。
 僕は黙って、お兄さんに従った。

 初めての大冒険は、失敗だった。

 雨の音を聞きながら、目を閉じる。
 このまま、何にもなれず、命がひからびるのを感じていたのに、今はただ、ぬくもりが欲しかった。




著:佐久田 葉

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