2026.03.15
【WD限定ノベル】日陽里ナギト
会いに行ったタケちゃんは、わかりやすく泡を食ってバタバタしていた。
妹さんとのホワイトデーの約束を、すっぽかしてしまったらしい。
いつも堂々として自信と正義に満ちたタケちゃんが、自分のやらかしにシオシオうなだれている光景は、なかなか見られるものじゃなかった。
どこか魂が抜けたようにぽやっとしているタケちゃんを放っておけなくて、あちこち連れて行き、挽回になりそうなアシストをする。
(そうだ、せっかくだから俺も、なんか作ってみよ)
クッキーの材料を買うどさくさで、ホットケーキミックスを買う。
キッチン付きのスタジオで、タケちゃんがクッキー生地と格闘している間に、自分もカップケーキでも作ってみることにした。
タケちゃんの手つきはそう危なっかしいものじゃなかったから、多少目を離しても大丈夫だろう。
(あ、なんか懐かしいな……)
ふと、子どもの頃のことを思い出しそうになる。
オーブンで12分焼くと、ふっくらと可愛らしく膨らんだカップケーキが仕上がった。
「おぉ、いいできだ〜……」
ワクワクとカップケーキを取り出す。
そこで、やっと一段落ついたらしいタケちゃんが、こっちへやってきた。
「さっきから何作ってんだ?」
「ん、カップケーキ」
「いつの間に……」
「小腹空いたしさ。クッキー焼けるまでの間に、ちょっとつまもうよ」
「え、いいのかよ」
「もちろん。一人より二人で食べる方が美味しいよ〜」
焼きたてのカップケーキを取り出す。
まだ柔らかい表面がぷるんと震えて、可愛らしい。
「焼きたて、ほわほわでたまんないんだよ〜。ほら、食べよ」
と差し出すと
「お、サンキュ」
タケちゃんは物珍しそうに受け取った。
タケちゃんは、神妙に俺とカップケーキを見比べた。
そして
「お前、女のきょうだいでもいるのか?」
と尋ねた。
「え」
思いがけない質問に、ちょっとだけ面食らう。
「そう、だけど……なんで分かったの?」
「いや……。今日の手際とか、買ってくれたモンの趣味とか……」
タケちゃんは俺の服装や小物を眺めながら、頬杖をつく。
「お前の持ち物の趣味って、どっちかっつぅと、もうちょっとシンプルっつぅか、パリピヤカラ気味っつぅか」
「言い方〜」
「だから、別の人の趣味を参考にして選んでるんだろうと思って。けど、彼女いるって様子でもねぇし」
「元カノの趣味かもしれないじゃん」
「ねぇだろ」
「まあね」
タケちゃんの読みは、今日もドンピシャだ。
「俺ね、姉ちゃんがいるんだよ」
「へぇ?」
タケちゃんは意外そうな顔をした。
「沖縄で会ったことねえな」
「東京にいるんだ。っていうか、俺の家族はみんな東京暮らしだよ」
カップケーキを見下ろす。
さっき思い出しかけた、子どもの頃の記憶が、鮮明に蘇る。
「これねぇ、俺がちっちゃい頃、姉ちゃんが教えてくれたレシピなんだ」
と、ぽつんと言った。
その名も、『元気いっぱいカップケーキ』。
昔々。
まだ俺が子どもだった頃。
俺は、自分の視覚や聴覚と、上手く付き合えなかった。
自分の頭が変になったんじゃないかと思った。
自分でも自分が怖かったから、周りにいた子はもっと、俺が怖かったんだと思う。
俺にだけ見える人に挨拶してしまったり、俺にだけ飛びかかってくる怖いものを避けたり、みんな平気そうに過ごしている中一人だけ泣き出してしまったり。
集団行動にあまりに不向きだった俺は、人と時々すれ違って、うまく関係を作れなかった。
「なんで、おれにばっかり、こんなのが見えたり、聞こえたりするの」
と、膝を抱えて泣いていた俺の味方をしてくれたのは、姉ちゃんだった。
姉ちゃんは下手な慰めは言わなかった。
ただ俺のために、ケーキを焼いて、ずっとそばにいてくれた。
どれだけ怖いものがこの世にいても、姉ちゃんのそばなら大丈夫だと、子どもながらに頼もしく思っていたのを思い出す。
大きくなるにつれて、俺はだんだん、自分の目や耳と、上手く付き合えるようになってきた。
祖母の助けも借りながら、ちょっとずつ、普通の人の振る舞いを学んでいった。
そうするうち、姉ちゃんの助けがなくてもやっていけるようになった。
姉ちゃんが俺を励ますために作ってくれていたカップケーキも、姿を消していった。
「……俺にとってはね、すごい支えになってくれた思い出のケーキなんだ。子どもの頃、これ食べるだけで、なんだか丈夫なんじゃないかな〜って気持ちになれたんだ」
「ふぅん……良いケーキだな」
タケちゃんは、俺の顔をつくづくと見ていた。
「……姉ちゃんにホワイトデー贈ったりはしねえのか?」
「ん……。子どもの頃みたいに、いっぱいそばにいるってわけじゃないからねぇ」
ちょっと、姉ちゃんのことを思い出す。
姉ちゃんは、実家から出て、都内の別のところで一人暮らしをしている。
会えるとしたら、俺が年末年始に帰省したときぐらいだ。
でもそのタイミングで姉ちゃんが実家にいるとも限らない。
姉ちゃんに会う機会は、子どもの頃からするとグッと減ってしまったように思う。
「バレンタインもらったりもしてないからね〜……。大人になってからは割と、バラバラだしな〜……」
タケちゃんは、ちょっと考える様子を見せた。
「良い機会だろ。お前もやれよ、ホワイトデー」
「え……。でも、いきなり何かしても、姉ちゃんビックリしちゃうよ」
「お前、幽霊とか見えてても、縁とかはあんま信じねえのか」
「縁……?」
思わず復唱すると、タケちゃんは
「あのさ」
と言った。
「俺は、色んなことには、巡り合わせがあると思うんだよ。大きな流れっつぅか。……で、その方向にするっと流れていくと、だいたい良いことがある」
タケちゃんらしい考えだなと思った。
ちょっと直感的というか、どこか天に身を任せるというか。
「お前がたまたまこの日、俺と一緒にホワイトデーの準備してんのは、なんかの巡り合わせだ。こんなこと、やろうと思ってできるもんじゃねえ」
タケちゃんは、俺が渡したメッセージカードの余りを突き出してきた。
「手紙だけでも書けよ。姉さん、喜ぶんじゃねえのか」
「……はは」
タケちゃんらしいお節介だなと思う。
でも今日は、乗っても良いなと思えた。
俺も、ちょっと姉ちゃんが、恋しくなっていたから。
「……せっかくだから、ざっと焼いたヤツじゃなくて、ちゃんと準備するかなぁ」
「いいじゃねぇか」
「ホワイトデー、過ぎちゃうけどね」
「こういうのは気持ちだ、気持ち」
タケちゃんは明るく笑う。
そして、カップケーキを頬張って
「うめぇ」
と、しみじみ呟いた。
著:佐久田 葉