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【バイスタンダーエピソード】『重ねるかげ』 2026.03.13  【バイスタンダーエピソード】『重ねるかげ』

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「いや拾ったって……猫じゃないんですから」
 思わず口に出すと、サツキは、放っておけないから仕方がない、といったような返事をしてきた。本当に深く考えずに、軽い気持ちで拾ってきたように見えて、こっちは思わず頭を抱えた。
 困惑がそのまま顔に出てきていたのか、サツキの背後に隠れたナオは怯えたようにびくりと身体を跳ねさせた。その気弱な姿勢に思わず舌打ちが出そうになる。
「大体、拾われたってどういう事情だよ。家出ってことか?」
 状況を理解しようと、ぐい、とナオをサツキの正面に立たせて、自分が無神経だったと理解した。
 高校生、いや、中学生か? 区別がつかない程度には、飯をろくに食えていないことが分かる体型だった。洋服もきちんと洗濯されていないことが伺えて、視線はずっと、自信なさげにさまよっている。
 ろくに「家族」扱いされていなかったことは、一瞬で理解できた。
「……わかった」
 負けた、というように両手を挙げた。
「その代わり、下手なまねしたらさっさと出てってもらうからな」
 その言葉に、ナオは、こく、こくと何度も首を縦に振った。

 それから、シフトに入ってから店を開けるまでの時間、ナオの面倒を見ることが増えた。
 サツキがポケットマネーで家庭教師代を出すと言い出したせいで、学校の勉強まで教える羽目になった。
 話を聞いていくうち、親の見栄で進学校に無理矢理編入されたことが分かった。兄弟優遇入学制度ですんなり入学はできたものの、授業の内容は難しく、それもまたナオの劣等感を募らせていた。
 それでもナオはひたむきだった。分からないことから逃げようとはしなかったし、難しい問いも解説を読んで理解しようとして、自分で出来ることをやり尽くしてからやっと、俺に恐る恐る質問を持ってくるような、そういう性分だった。
 最初はどんくさいと思っていたナオの小さな頑張りが、だんだんと、まばゆく思えてきた。
「……お前、ちゃんとイヤって言えたことあるのか?」
 そう問いかけると、ナオはまた怯えたようにビクッと震えた。それから小さく何かを返したが、その声は小さく、聞き取りづらい。
 それを聞いているとまた、イライラしてきた。ナオに対してじゃない。この子が、こんなに縮こまらなきゃならなかった、その状況を作った周囲への、ぶつけようのない苛立ち。
 だからせめて、周囲にナオを見直させたいと、思ってしまう。
「いいか。お前がそうやってビクビクして、どうせ自分なんか誰とも関われない、自分はどうせこんなもん、って思ってる限り、お前はずっとそのままだ。それがつらいなら、まずはお前から、変わらなきゃだろ」
 誰かがかけてくれた、大事な言葉だったと思う。それを、バトンのように、ナオに贈った。
 ナオは少し目を見開いた。その目に少しだけ、光が宿った。
 それから、こくりと、深く頷いた。



著:佐久田 葉

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