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【バイスタンダーエピソード】『天才の話』 2026.03.16  【バイスタンダーエピソード】『天才の話』

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 最初に出会った時は、キツめの性格してそうなツラだな、と思った。
 実際性格はイヤミだったし、皮肉たっぷりに煽られたことは一度や二度じゃすまねえが、付き合っていくうち、そのキツさが一番向けられているのは、ユウヤ本人だと分かった。
 ユウヤは書家だ。俺にオイルが染みついているように、ユウヤには墨の匂いが染みついている。きっと俺がマシンをいじるのと同じか、それ以上の時間を、書にかけてきたのは伝わってきた。ユウヤもそれを分かっていて、たまに、過集中持ち同士の親近感を感じている素振りを見せてくることはある。
 ただ解せないのは、そのあり方だった。
 あれだけ個展を開いたり、偉い人に頼まれて文字を書いたり、賞をもらったりしても、ユウヤは満足していなかった。
 俺の作ったものなんて誰にも欲しがられないのに、アイツが失敗作と呼ぶ書は、人が高値をつけて競い合ってまで買い求める。人が欲しいと思う物を作る難しさは理解しているつもりだったが、それを超えた先にいる人間がここまで悶え苦しんでいるなんて、思いもよらなかった。
 アイツも俺も、よく徹夜をする。だけどきっと、本質が違う。俺は楽しくて仕方がねえから時間を忘れてるだけだ。ユウヤみたいに、失敗ばかり重ねている自覚があってもなお、鍛錬に臨んでいるのとは違う。
 でも、アイツはやる。無力な自分にとことん向き合って、打ちのめされても歯を食いしばって立ち上がる。
 それが俺とアイツの違いだと思った。
「……なんで、そんなつらそうなのに、やってられるんだ?」
 と、雑に質問したことがある。
 ユウヤは猫だましを食らったように、呆気にとられた。それから、スン、と無表情になった。
 やべ、と思った。ガードレールの向こう側に、突っ込んでしまった。
 ユウヤは、見たことないような笑顔でにこりと微笑んだ。それから、ゆっくりと口を開き……何をどう見たか知らないが、つらいと思ったことなど一度もない、自分を甘く見るのも大概にしろ、と、ひどく遠回しでイヤミたっぷりな言い回しでまくしたてた。
 甘く見たつもりはなかったと言い返したが、それも余計だった。
 人間との会話は、標識がないから苦手だ。一通とか、進入禁止とか、書いといてくれりゃ止まれるのに、それがない。
 言いたかったのは、否定するような言葉じゃなかった。
 ただもっと、どうやったらアイツも楽しいのか、少し気にかかっただけだった。我ながら要らねえことをしたと思う。だけど、俺の抱えている葛藤の先にいるはずのユウヤが不幸なのは、他人事に思えなかった。
 結局、ユウヤにこんこんと説教をくらい、ようやく解放された時には、ずいぶん時間が経っていた。
 アイツは劣等感に負けない強さがある。ダメな自分を超えて、その先の輝きに手を伸ばしている。それを人は天才と呼ぶんじゃないか? と思う。
 そんなことを言ったら、またひどくアイツは怒るだろうから、言わないことにした。




著:佐久田 葉

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