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【WD限定ノベル】雪水トウカ 2026.03.15  【WD限定ノベル】雪水トウカ

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 売り場に来たヒカルは、キラキラと目を輝かせた。
「わぁ……。今年もすごいなぁ!」
 毎年、バレンタインデーやホワイトデーが近付いてくると、一緒にスイーツの売り場を見に行くのが、ヒカルと僕の約束だった。

 ヒカルは、贈り物が好きだった。
 誕生日のプレゼントも、クリスマスのプレゼントも。
 だから僕たちは、年に2回、バレンタインデーもホワイトデーもお祝いしている。

 プレゼントをもらうたび、ヒカルは
「愛をたくさん感じられるだろ?」
 と幸せそうに微笑んでいた。

 実際、プレゼントを受け取るヒカルは、幸せそうにしてくれる。

 だけど、ヒカルが本当に欲しいのは、プレゼントそのものじゃなくて、人からの感情だ。

 ヒカルは物に固執しない。
 物そのものは、ヒカルを愛してくれないからだ。

 ヒカルの関心は、あくまで自分を愛してくれる人へ向いている。

 だから、年に一度の誕生日以外は、ヒカルに贈る物は基本的に食べ物にしていた。
 贈ったプレゼントがちゃんとヒカルの役に立つ方がいい。
 使われることなく隅っこでホコリをかぶる物を贈るぐらいなら、ヒカルの血肉になる食べ物の方が、きっとヒカルのためになる。

 ヒカルと一緒に売り場を歩く。
 ヒカルは、自分と目が合った売り場のスタッフの方へ懐っこく歩み寄っていく。

「いらっしゃいませ!」

 と、スタッフも笑顔でヒカルを出迎える。

「こちら、今大人気のチーズケーキなんです! よろしければ、試食されませんか?」

 差し出された試食を見て、ヒカルは嬉しそうに目を細めた。
「わぁ、すっごくしっとりしてて美味しそうですね!」

 スタッフは、爪楊枝に刺したチーズケーキをヒカルに差し出した。
「よかったらご試食されませんか?」
「ありがとうございます! ほら、トウカも食べよ?」

 ヒカルに促されて、やっと
「あ……。ありがとうございます」
 と、僕も手を伸ばす。

 ヒカルと一緒に店をめぐっていると、試食させてもらえる機会が多い気がする。

 濃厚でとろけるチーズケーキだった。
 味はしっかりと濃いのに、舌に乗せた瞬間に、ふわっとほどけてすぐなくなってしまう。
 食べた最初は濃い味だと思ったのに、不思議と、後味は爽やかに感じられた。

 僕がチーズケーキを味わう間、ヒカルはスタッフとの会話を楽しんでいた。
 チーズケーキの職人の話、発祥の話、原材料へのこだわりの話。

 ヒカルは、スタッフが推したいポイントへと上手く話を誘導しながら、ニコニコとしている。
 どうすればスタッフが気持ちよくトークできるのかを、分かっているんだろう。

 二人のにこやかな会話を聞いていると、
「で、トウカはどうだった? 試食の感想は?」
 と、唐突に話を振られた。

「すごく、美味しいなと思いました。チーズの存在感があるのに、後味がくどくないですね」

 そう答えると、スタッフがニコニコしながらセールストークを繰り広げる。
「後味がさっぱりしてますよね? すだちを使ってるんですよ。このケーキ、クリームチーズの重さと、後味の軽さのバランスが絶妙なんですよ! 一人でペロッと食べられちゃうぐらい、すぐ無くなっちゃいますよ」

 実際、ケーキはかなり美味しかった。
 スタッフさんの説明を受動喫煙していたこともあって、ちょっと買いたくなってしまう。

 迷っている僕に、スタッフは
「期間限定出店中で、ホワイトデーが終わったらもう買えなくなっちゃうんですよ」
 と、後押しするように伝えてきた。

(あ……)

 と思ってヒカルの方を見ると、ヒカルの興味は既に失せていた。

 期間限定出店、だとか、もう買えなくなる、だとか。
 相手を焦らせて、行動を誘導する言葉は、ヒカルにはNGだ。

 商品を買わせにかかったあたりで、ヒカルの関心は削がれてしまう。

「ねぇトウカ。そろそろ次行こうよ。お店、まだまだたくさんあるんだし」
 とヒカルは微笑んだ。

「でも、せっかくこれだけ話してもらったんだし……何か買わないとお店に悪いよ」
「そう?」
 ヒカルはきょとんと首を傾げた。
「買うかどうかは、こっちが決めることじゃない?」
「……それは、そうなんだけど……」

 ヒカルの場合、商品を買うか判断するためにスタッフの話を聞いているわけじゃなさそうな気がする。

 ヒカルは、ただスタッフと喋って、楽しい時間を過ごして、つかの間満たされたいだけなんじゃないだろうか。
 それで、相手は楽しく話したし、自分も楽しかったから、それでいい、と思っているような節がある。

(いや……さすがに、僕の考えすぎかもしれないけど)

 かといって、お店の人に時間を使わせてしまった申し訳なさで何か商品を買う、というのもそれはそれで、良い買い物なのかどうかちょっと疑問は残る。
 だけど、さっきまで笑顔で喋っていたスタッフの顔が曇るのが、怖かった。

 赤の他人だからと割り切れれば良いのに、こういうところで変に気にしてしまう。
 誰に対してでも、僕は、不愉快に思われたくない。

「すみません。チーズケーキ、一ついただいて良いですか?」
 と声をかけると、スタッフは微笑んだ。
 その笑顔を見て、ちょっと安心してしまう。

「はい、ありがとうございます。お持ち歩きはどのぐらいですか?」
「1時間ぐらいでお願いします。」
「かしこまりました」
 スタッフはにこやかに、奥へ引っ込んだ。

「トウカ。それ、自分用ってこと?」
「そのつもり」
 ヒカルは怪訝そうに僕を見た。

「トウカってさ。毎年、自分用にいっぱい買っちゃうよね?」
「え……そうだっけ?」
 思わず目をぱちくりさせてしまう。
 まるきり、自覚がなかった。

「そうだよ。それで食べきれなくて、毎年俺が食べてるじゃん」
 と、ヒカルは唇を尖らせる。

「じゃあ……今年は、あんまり買わないようにする」
「それ去年も言ってた」
「そうだったかなぁ……」

 そんなやりとりをするうち、保冷剤の入ったケーキを持ったスタッフが現れた。
 僕は丁重にお礼を言って、ヒカルと一緒に次の店に向かう。

 色とりどりのマカロン。タルトケーキ。羊羹。イチゴの大福。

 店を後にすることには、僕は大量の紙袋を抱えていて、ヒカルは手ぶらだった。
 ヒカルは色んな人と話せて楽しそうだったし、僕は、色んな人に喜んでもらえて、ちょっとホッとしていた。

「今年もあんまりピンとこなかったな~。ねぇトウカ。あとで俺にパイ焼いてよ」
「わかった。どんなのがいい?」
「トウカが一番美味しいと思うパイ!」

 連れだって歩く僕らは、きっと、どっちも、愛や感謝を伝える日からは、ほど遠い存在だろう。
 でも、それでいい。
 きっと僕らには、一生、本物の愛なんて、手に入らないのだから。



著:佐久田 葉

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