【ユニットエピソード】カイリンロア 2026.02.28  【ユニットエピソード】カイリンロア

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 ナギトと知り合ってしばらく経ったある日のこと。
 仕事からの帰り、お袋から連絡が入った。
 知人から、近所の空き家に変なヤツがいるかもしれない、と相談されたらしい。曰く、これまでにも時々、その空き家から変な声が聞こえたそうだ。人のいる気配もある。もしかしたら中で誰か、あまりよろしくない人がたむろしていて、中でよろしくないことが行われているかもしれない……。ということで、お袋に相談を持ちかけてきたらしい。
 伝えられた住所は、そう遠い場所でもなかった。お袋からの頼みじゃ、聞かないわけにもいかない。
 それで現地へ向かうと、気味の悪いボロ屋敷の扉がガタゴトと開いて、中からひょいと、知った顔が出てきた。
「あれ、タケちゃん?」


「……お前なぁ……」
 思わずため息をつくと、ナギトはきょとんとした。
「なんでこんなとこに?」
「俺のセリフだっての。何してんだよこんなとこで」
「まぁ、いろいろ。とりあえず、知り合いで良かったよ。変な人来たかと思っちゃった」
「自分が変人側だって自覚はねぇのな」
「あはは、言うねぇ」
 ナギトは朗らかに笑った。そして
「……じゃあ、俺まだ、ちょっとやることあるから」
「え」
「またね、タケちゃん」
 と言い残し、少し急いだ様子で、家の中に戻っていく。
「あいつ……」
 また何か危なっかしいことに首を突っ込んでいるのはよく分かった。
「待てよ、ナギト」
 と声をかけて、その背を追う。
 家の電気は通っておらず、真っ暗だった。カベのようにそびえ立つゴミが光も空気も通さないせいか、妙な息苦しさがある。
 そんなゴミの山の間をするりと抜けて、ナギトは家の中央へ向かう。刀が引っかからないよう気をつけつつ何とか追いつくと、ぽっかりと、ゴミのない居間に出た。
 ブルーシートと照明が持ち込まれていて、田中六五の瓶が置かれている。
「……ついてきちゃったかぁ」
 と、ナギトは困ったような顔で俺を見た。
「一応おまわりさんなんでな。素通りはちょっとムリだわ」
「家主さんから、ちゃんと許可はもらってるよ」
「ご近所からも苦情が来てんだよ」
「そうかぁ……。それは……うーん……」
 ナギトは八の字に眉を下げていたが、観念したように
「まぁいいか。タケちゃんも、上がりなよ」
 と、靴を脱いでブルーシートに上がり、ぽんぽん、と自分の正面を叩いた。促されるまま、座ってあぐらをかく。
「で、なんでここに」
「親戚の残した家にオバケが出て、困ってる、って相談されてさ。ちょっとヤバそうだったから迷ったんだけど、結局ほっとけなくて、様子見に来たんだけど……」
 とナギトが言った途端、部屋の奥からピシッと妙な音がした。重たい足音が、ぱた、ぱた、と続く。
「……今の、聞こえた?」
「男の足音だ。体重77キロで身長173センチ前後。姿勢がだいぶ悪ィ。あと片足少し痛めてんな」
「タケちゃんそういうとこホントタケちゃん」
「で、誰だよアレ」
「この家で死んだ人」
「えっ」
 思わず、音の聞こえた方に顔をやった。空耳じゃない。確かな質感のある足音だった。
「だから俺が来たんだよ。存在が強まりすぎちゃってるから」
 ナギトは、少し目をすがめた。
「……ご近所さん、これまでにも何度か、声を聞いたりしたんじゃない?」
「なんで分かる」
「この幽霊さん、生き返ろうとしてるんだよ。だから、ここにいるぞ、って、色んな形で伝えてる」
「生き返ろう、って……」
 ぞわっ、と、背筋が冷たくなった。理屈抜きに、なにかおぞましい話をされているのだと理解できる。
「……そんなの、叶いっこないのにね」
 ナギトは目を伏せ、首を振った。
「とにかく、これ以上のことになる前に、俺が話し合いしてみる。タケちゃんはもう帰りなよ。明日には、全部静かになるようにしとくから」
「……大丈夫なのか?」
「うん。平気」
 そう頷いて酒瓶をぎゅっと握るナギトは、少し危うく見えた。
「……。そうか」
 どうせこのあとは非番だ。帰って寝るだけ。鍛錬以外の予定はない。
 立ち上がって、ズボンのホコリを払う。
「……つまみかなんか買ってくるわ」
「えっ」
 ナギトは驚いたように俺を見上げた。
「お前一人、こんなとこに置いてけねえよ。近所にコンビニあったし、食いてえもんあんなら買ってくる。無けりゃ勝手にこっちで選ぶ。……いや、衛生死んでそうだし、こんなとこで食わねえ方がいいのか……?」
「ダメだよ。タケちゃん巻き込むワケには……」
 とナギトが困り顔をした次の瞬間、ブルーシートのそばに揃えてあったナギトのサンダルが、びょん、と、不自然に飛び跳ねた。
「あ?」
 次の瞬間、俺のブーツとナギトのサンダルが、壁に力一杯叩きつけられた。
 ビリビリとした殺気を感じる。
「……ッ、やばい! タケちゃんが残るって聞いて、怒ってる……っぽい……! やっぱ今日はこのまま帰……」
 ナギトの言葉を遮るように、文鎮が俺の顔めがけて吹っ飛んできた。
 考えるより先に身体が動き、身を低くしてかわす。背後の壁に、文鎮が突き刺さる音がした。
「タケちゃんごめん! 早く逃げて!!」
 とナギトが叫ぶが、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
 相手は、殺す気で来ている。良い殺気だ。
 ここで背を見せたら、それこそ命を取られる。
「来いよ、上等だ」
 唇がつり上がる。次の瞬間、今度は見えない攻撃が飛んできた。だが込められた殺気で、位置が分かる。
 こんな経験、初めてだった。
 軽く首を振って攻撃をかわす。そして、一気に相手の間合いへ踏み込む。
「──そこだ」
 基本の型、正中一文字切り。だが当てず、敵の鼻の薄皮をかすめる程度に留める。
「ッ……!!」
 ナギトが息を呑むのが分かった。
 次の瞬間、身体がふわっと軽くなるのを感じた。部屋全体の、淀んだ空気が流れ始めている。
 思わずナギトの方を向くと、ナギトはこくっと小さく頷き、飛ばされたサンダルを拾ってつっかけた。
 そして、目に見えない何かに駆け寄り、話しかけた。
 内容は、あまりよく聞こえなかったが、説得しているんだろうというのはうっすら分かった。
 ナギトの声は、優しくて、暖かった。
 相手がナギトへ殺意を向けていても、きっと同じトーンで説得しただろう。
(……そういうところが、危なっかしいんだよなぁ……)
 そんなことを考えているうち、ナギトがひょいと立ち上がった。
「……お待たせ。タケちゃん、もう済んだよ」
 あたりの空気が変わったのが分かった。相変わらずゴミに囲まれたままなのに、どこか清浄なものを感じる。
「……何が、どうなった?」
「タケちゃんがびっくりさせてくれたおかげで、幽霊さん、ちょっと正気に戻ったみたい。それでそのまま、成仏してくれたよ」
「……なんで?」
「びっくりすること、たまげるって言うじゃん。アレって、魂が消える、って書くんだけど……」
「へぇ」
「この家の幽霊さん、さっきの弾みで、凝り固まってた情念が消し飛んだみたいで。おかげですんなり話し合いできた」
「そういうもんか……」
 言葉にすると、実にあっけなく聞こえた。
 ナギトの警戒もすっかり解けているのを見ると、この件はこれで済んだんだろう。
「ま……片付いたんならいいけどよ……」
「ありがとね〜タケちゃん。タケちゃんのおかげだよ〜」
 ナギトは、まるで何事もなかったかのように、ほのぼのと笑っていた。
 時々、心配になる。
 命を奪うことに躊躇の無いようなものとも、ナギトは本気で話し合おうとするだろう。自分がボロボロにされても、分かり合えるはずだと譲らない。
 その結果自分がどうなってしまったって、ナギトは我が身を顧(かえり)みない気がした。
「……お前さ」
 と、ついお節介を焼きそうになった矢先
「あ、そうだ。タケちゃん。この近所のお風呂屋さんとか知らない?」
 と遮られた。
「ホコリまみれになっちゃったからさ。さっぱりしたくて」
 それで、言い出すきっかけを逃す。
 まぁナギトも大人だし、とやかく言う筋合いでも無いのかも知れない。
 危ないことになってたら、また、助けに行けばいいだけだ。
「いい銭湯あるぜ。ついでに飯行かねぇか」
「あ、行く行く! 俺、焼き鳥の気分」
「おー。じゃ、案内するわ」
 そんな話をしながら、二人、連れだってボロ家を後にした。

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