2026.03.15
【WD限定ノベル】裏目カナメ
シオン坊ちゃんのご学友が多いのはよくよく知っていました。
社長からも、息子のホワイトデーにはくれぐれも恥をかかせるようなことなく、と言いつかっていたので、それなりに心得て、準備を進めておりました。
ですがまさか
「今年は全部手作りにしたいなぁ。そっちの方が、感謝って伝わると思うし!」
なんて、いい年したお坊ちゃまが言い出すと思いますか?
完全に不意を突かれました。
いやはや。
これだから坊ちゃんは面白い。
呆気にとられて何も言えずにいると、シオン坊ちゃんは少し不安げにこちらを見上げてきました。
「カナメさんは……反対?」
「いえいえ。とんでもありません」
私の顔色なんかうかがって冒険を諦められては大変です。
坊ちゃんには自由に羽ばたいていただかなくては、私が退屈で困ります。
現に、退屈な買い物リスト消化の作業から解き放たれて、既に胸が躍っています。
「坊ちゃんの願いを叶えるのが私の務めですから。何なりとお申し付けください」
と返しつつ、既に見繕っていたギフトリストを亡き者とします。
あぁ、なんて快感。
「ところで、メニューは何を」
「せっかくだから、マカロンとか挑戦してみたいな。すっごく美味しいでしょ?」
「なるほど、それは良いアイデアですね」
自分の知る限り、坊ちゃんは料理をなさったことがありません。
なんなら調理場に立つという発想すらないと思っていたのですが、まさかそんな坊ちゃんの口からマカロンが飛び出してくるとは。
ワクワクしてまいりました。
「では、手配を進めておきますね。ホワイトデーの前日が本番、という認識でよろしいでしょうか?」
そう尋ねると、シオン坊ちゃんは微妙そうな顔をなさいました。
「そう……だけど……。なんかもうちょっと……仕事っぽくない感じで手伝ってほしいな……」
「ご不快に思わせてしまったなら申し訳ございません。ですが、決して、仕事とは思っておりませんよ」
ご安心ください。
仕事でこんなにわくわくいたしません。
「それなら、嬉しいけど……」
と、坊ちゃんはちょっと警戒しつつも、頷いてくださいました。
とりあえずマカロンを作る道具と材料を手配いたします。
しかし、なかなかの難題です。
名家で生まれ、真綿に包まれてぬくぬくと育てられた温室のお子さま方が、その繊細な舌で召し上がっても満足いく一品を、料理経験のない坊ちゃんにお作りいただく。
正攻法で考えるのであれば、味は数段落ちるのを前提とした方が良いでしょう。
その上で、体験として十分に満足いただくにはどうすれば良いかを考えるのが、真っ直ぐに坊ちゃんの願いを考えるやり方です。
ですが、それではあまりに、ありきたりで泥臭い。
料理未経験の坊ちゃんがプロ級の腕前を覚醒させ、ご学友の度肝を抜く。
これが最高のストーリーです。
では、どう叶えるか。
(あぁ、これは……大がかりな仕掛けが必要ですね)
考えるうち、胸が高鳴ってきました。
人生は、少し大変なぐらいが、生きる甲斐があるというものです。
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坊ちゃんの要望から数日後。
スイーツ初心者の坊ちゃんのため、猛特訓が始まりました。
とはいえマカロンは強敵です。
思い通りの形に絞り出せるようになるまでが一苦労。
そこからさらに、割れないように焼くまで二苦労。
メレンゲとアーモンドを混ぜる加減で三苦労。
生地の乾燥を見極めて、完璧なピエを作れるようになるまでさらに四苦労。
「カナメさぁん……」
と坊ちゃんが情けない声を上げた回数は数えきれませんが、それでも、坊ちゃんは諦めませんでした。
そして前日の夜。
何とか、見た目だけならそこそこきれいなマカロンを作るまでに成長なさいました。
「……なんか、でも、美味しくないんだよね……。もそもそしてる……」
「初めてでここまで来れたのなら上出来ですよ。きっとお友だちにも、お気持ちが伝わると思います」
「そう、かなぁ……」
「えぇ」
坊ちゃんは渋い顔をされていました。
「せっかくです。明日はご友人をお招きして、お茶会といたしましょう。そこでマカロンを振る舞って、楽しんでいただければ」
「ホント?」
「えぇ。放課後つかの間でしたら、どなたもご都合が取れるようですよ」
「じゃあ、そうしよっかな。お願いね、カナメさん」
「はい」
こうして迎えた、ホワイトデー当日。
特注のテーブルを運び込み、席を整え、ご友人方をお招きいたしました。
どなたもお育ちの良い方々で、皆品良くお集まりくださいました。
坊ちゃんが、ご自身で作られたマカロンを、皆さまの前にお出しします。
「わぁ、きれいなマカロン」
「これ、シオンくんが作ったの?」
「美味しそう」
と、反応は上々です。
えぇ。完璧な見た目でしょう。
そこまでを坊ちゃんが作ったことに、意味があるのです。
「さぁ、坊ちゃんどうぞ、ご挨拶を」
と促すと、ご学友の皆さまは、ミーアキャットよろしく坊ちゃんの方へ視線をやりました。
本当に、この手の方々は、騙されて不意打ちされることに不慣れで助かります。
「みんな、今日は時間をありがとう。その……味は、まだちょっと、足りないところがあるかもしれないけど、でも、いつものお礼がしたくて」
そんな坊ちゃんの言葉に、皆さん優しく拍手してくださいます。
「じゃあ、どうぞ、食べてみて!」
と坊ちゃんに促され、一口食べてみた皆さまの反応は、上場でした。
「えっ、すごく美味しい!」
「本物のパティシエみたい!」
「シオンくん、こんなことも出来たんだ!」
口々に褒められ、坊ちゃんは目を白黒させました。
「えっと……あ、ありがとう」
こうして、ご学友たちはあっという間にマカロンを平らげて、大変満足して戻られました。
中には、決まり切ったギフトよりよっぽど嬉しかったとのお声もあり、手応えはまずまずといったところでしょう。
「……良かったですね、坊ちゃん」
「うん! カナメさんが鍛えてくれたおかげだよ!」
と、坊ちゃんは嬉しそうに微笑みました。
本当にこの方は、騙されることを知らないひな鳥です。
「大変だったけど、やっぱりやってみてよかったなぁ……。ありがとね、カナメさん。すっごく楽しかった!」
「喜んでいただけて何よりです。では坊ちゃん、帰り支度をなさってください。ここを片付けたら校門までお迎えに参りますので」
「うん!」
坊ちゃんが立ち去った後、私は特注のテーブルのボタンを押しました。
机の一部が音もなくスライドして入れ替わり、坊ちゃんが作ったマカロンがスッと姿を現します。
やったのは、ミスディレクション。
全員が坊ちゃんの方を向いているうちに、このテーブルの装置を使って、坊ちゃんが作ったマカロンを、私が作ったマカロンをすり替えたのです。
これが成立するには、坊ちゃん自身に見た目が完璧なマカロンを作っていただく必要がありました。
これであれば、坊ちゃんにも、ご学友にも、全員に満足いただける。
坊ちゃんの作ったマカロンを、一口食べてみました。
不器用ながらも、美味しい味。
最初の頃からすると、本当に上手になったことが伝わる味。
それでも、名家のお子さまにお出しするには、ほど遠い味。
「私がありがたくいただきますよ、坊ちゃん」
私は紅茶を用意して、つかの間のティータイムを楽しみました。
著:佐久田 葉