2026.03.15
【WD限定ノベル】愛染ヒカル
トウカに最近、友だちが増えた。
大学に通って二年経つし、知り合いが増えるのは当然だと思う。
だけど、友だちが増えるのは、別の問題だ。
でもまさかバレンタインチョコをもらってくるとは思わなかった。
義理チョコとか友チョコだと本人は言ってたけど、誰かに物を贈るのは愛だ。
初めてプレゼントをもらったトウカは、ちょっと嬉しそうにしてた。
「義理って言ってたし、ゼミの皆にも同じもの配ってたから。僕だけに、ってわけじゃ、ないんだけど」
と言いながら、1つ200円もしないぐらいのスイーツを大事そうに見ていた。
トウカがその贈り主に特別な感情を抱いているわけじゃないのはわかる。
だけど、誰からも必要とされていなかったトウカが、俺の知らない輪に入っている。
これまで自分を支えてくれていた何かが、じわじわ変わっていきそうで、とても嫌な感じがした。
「ホワイトデーのお返しは、何にするの?」
と、何気なく尋ねてみる。
「うぅん……。あんまり重たい物渡しても、ビックリさせちゃうし。軽めのクッキーを焼こうかな」
「わざわざ手作りにするの?」
思わず尋ねると、トウカは困ったような顔をした。
「手作りじゃない方が、いいかな……?」
「手作りは重いよ」
思わず間髪容れずに断言した。
だってそこに、愛を感じる。
だって、トウカのクッキーは、絶対2分じゃ作れない。
詳しく知らないけど、材料を丁寧に測って、しっかり混ぜて、寝かせたりして、形を整えて、焼いて。
途中で待ち時間があるとはいえ、トウカの拘束時間は絶対長い。
時間をかけることは、愛をかけることだ。
だからトウカの時間が、コンビニで手軽に買えるようなチョコレートのお礼に使われるなんて、何かが違う。
「そっか……。そうだよね。何か疑われても、よくないし……」
と、トウカは手作りを諦めてくれた。
「その辺で買えるスイーツで値段を揃えるぐらいでいいんじゃない? そっちの方がきっといいよ」
その子とトウカの愛の重さが、ちょうど釣り合う。
俺以外にトウカが時間をたっぷりかけると、ひどく不安になる。
だって、きっと。
トウカは、必要とされれば、俺じゃなくったっていいんだから。
「うん。そうする」
とトウカは頷いた。
「それより、トウカは今年、ホワイトデー何が欲しいの?」
「えっ……」
毎年お約束の質問なのに、トウカはそのたびに一瞬嬉しそうな顔をする。
「今年も、くれるの?」
「当たり前じゃん。バレンタインのお返しもあるし」
トウカは、嬉しそうな顔をした。
「何か本が良いよね、今年も」
「……うん」
「俺が選んでいい?」
「ありがとう、嬉しいよ」
そう言ってはにかむトウカは、心底幸せに見えた。
トウカは、俺が贈る本のためだけに、本棚に専用のスペースを用意してくれている。
どれだけ空きスペースがあっても、他の本は絶対に入れない。
俺が贈った本だけが、そこに集められて、並んでいく。
トウカはそれだけ、俺に固執してくれている。
だって、今トウカにいるのは、俺だけだから。
(それが……揺らぎそうで、怖い)
俺は大学に通っていない。
だから、あの門の向こうでトウカが培う人間関係には、普通のやり方じゃ入っていけない。
そこで誰がトウカを必要としていても。
誰がトウカを好きになってしまっても。
トウカがいる扉の向こうに、俺は入っていけない。
「ヒカルは、今年も……手作りスイーツでいいの?」
その問いかけで、ハッと我に返った。
「んー、まだわかんない。お店に行ってみてから考えたいなー」
お店に行っても、きっと今年も何も買わない。
ただ、色んな店を見て回りたいと言って、トウカを連れ回すことで、トウカに充足感を与えたいだけだ。
だから結局、俺は何も買わずに帰る。
海外を渡ってきたケーキや、有名パティシエ監修のクッキー程度じゃ、満たされない。
お金を払えば簡単に手に入るものに、俺は愛を感じない。
もちろん皆からのプレゼントは嬉しい。
だけど、もらえるモノはどうだっていい。
プレゼントしてくれる行為にこそ、意味がある。
本当に欲しいのは、愛のこもった手作りスイーツ。
食べきれないほどのクッキーやパイ、タルトの数々。
それを作るのにかける時間そのもの。
つまり、愛だ。
食べたいスイーツのリストを、こっそり用意しておく。
いざトウカに尋ねられたとき、存分にワガママで振り回せるように。
(……ねぇトウカ。気付いてる?)
トウカはいつも、俺のために色んなことをしてくれる。
そうやって役に立たないと、俺に必要とされなくなるんじゃないかと思ってるんだろう。
だけどホントは、そうじゃない。
トウカにとって手のかからない存在に、もし俺がなってしまったら。
トウカを必要としない俺に、トウカは関わってこない。
俺がワガママを言って、ちょっとぐらい困らせて、トウカの時間をたくさん奪って、トウカが必要だって伝えないと、トウカは助けを求める人を欲してどこかに行ってしまう。
俺に愛は分からない。
だけど、どう振る舞えば相手が一番喜んで、愛してくれるのかは、なんとなく分かる。
だからトウカといるときは、トウカが一番欲しがる俺になる。
ちょっと我儘で。
トウカを不安にさせて、困らせて。
そのたび、大丈夫だよ、って、安心させる。
そんな俺になる
それが、空っぽのトウカを満たせる、唯一の方法だから。
(このままずっと、気付かなくていいよ)
大学で得たどんな出会いより、ずっとずっと、俺の方がトウカの心に残ってみせる。
他じゃ満足できないぐらい、トウカを振り回して、トウカに叶えさせて、自分がいて良かったと感じさせてあげる。
「ねぇ。いつお店にスイーツ見に行く? 俺、早いうちがいいんだけどなー」
と、ワガママを言う。
3月は学生のトウカにとって多忙な時期だと分かっていて、無茶振りをする。
「うん。任せて、ヒカル。……ヒカルの望むようにするから」
というトウカは、やっぱり、幸せそうに笑っていた。
著:佐久田 葉