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【ブックマークエピソード】壊平 2026.09.14 【ブックマークエピソード】壊平

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【壊平】-カイヘイ-
平らでつまらないのなら、壊してしまおう

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 昔から、大概のことはそつなくこなせる子でした。

 今で言うところのハイスペ婚の両親の元で育ち、進学校へ通い、優秀な成績を修めました。

 学生の頃、周りには大きな野心を持った同級生たちが満ちあふれていました。

 不治の病を治せるような最高の医者になりたい。
 ノーベル賞を取るような偉大な研究を成したい。
 有名な事務所を開けるような弁護士になりたい。
 海を股にかけた大きな事業を興したい。
 巨大銀行の総裁になりたい。

 眩しいと思いました。

 そして同時に気が付いたのです。

 自分には、身を焦がすような情熱が、ないことに。



 夢を描いた誰よりも、良い点数を取ることは得意でした。
 試験も、面接も、優秀にこなすことは出来ました。

 学生生活につきもののトラブルも、家庭で起きたいざこざも。
 どんな状況だって、簡単に乗りこなしました。

 ですが、その力をもってして、私は自分の進みたい方向を見つけられずにいました。

 望めば何だって手に入るだろうに、望みそのものが、私にはなかったのです。



 当時の私は、まだ自分を知りませんでした。

 だから、自分の頭脳で行けるもっとも優秀とされる大学と、学部の名前を進路用紙に記入しました。安寧を選んだのです。それで良いだろうと思っていました。

 思えば学友たちが思い描いた「夢」だって、どれも権威に裏付けされた勝ち筋の一つに過ぎません。
 パティシエになるだとか、野球選手になるだとか、そんな無邪気な夢を思い描いた人間は、学友に一人もいませんでした。

 みんな模試の結果を踏まえて、教師や両親の元で最大のパフォーマンスを発揮するため、打算によって賢く夢を描いたのです。

 であれば、どちみち虚構には違いないのだから、安寧を選んだ自分の選択は正しいと思いました。

 今であれば、羅針盤も持たずに船出する愚か者はいないことぐらい分かります。
 そして、自分は生涯、羅針盤など持ち得ず、船出などできる器でないことも。

 夢のない子どもほど可愛げのないものもありません。
 いえ、あるいは、かつては私にもあったのかもしれません。
 スペックの高い両親の元で「もっと違う夢を」と望まれる前、抱いていた小さな何かが。

 今ではしのぶよしもありません。
 親に言われてかき消える程度であれば、本当にちっぽけな夢だったのでしょう。

 夢などあってもなくても人生は続く。ならばあってもなくても、どっちだっていい。
 そう思っていました。



 そんなある日。



 私は大学に合格しました。
 先生も親も、私を賞賛してくれました。

 私は完璧にやり遂げたのです。

 それを悟った瞬間、私の中で、誰かが囁きました。

 十八年かけて紡いできた『完璧』が、今まさに成った。
 今がもっとも美しい。

 ならば、これが崩壊する光景は、えもいわれぬ悦楽ではないか。

 思いも寄らなかったような考えでした。
 いえ。得体の知れない何かが、自分の中から皮を破って生まれるのが分かったのです。

 それは萌芽にも似た心地でした。
 今まで種の中で眠っていた芽が、殻を破り、何者かを告げる。

 私に、初めて明確な望みが生まれました。

 この美しく、一片の曇りもなく完璧に仕上がった学生生活を、たった一手で取り返しもつかないほど叩き壊してしまおう。
 きっと、最高のカタルシスだ。

 平穏を捨て、波立つ人生へ身一つで飛び降りるような快楽。
 スリルに気を狂わせる、破滅の享楽。

 私は、自分が欲しかったものを、ようやく悟ったのです。



 手始めに、私は教師に嘘の告白をしました。
 校内模試ではいつも、答えが隠してある場所を知っていたと。
 先生たちが知らない間に合鍵を作って、いつもカンニングしていたと。
 今回の大学受験もそう。
 カンニングツールを使って、こっそりと受験をやり過ごしたのだと。

 先生たちは最初、笑っていました。
 ですが私が具体的に答案用紙の置かれた場所や、先生たちの試験時の行動をあげつらうと、がらりと表情を変えました。
 嘘というのは、幾ばくかの真実味を持たせるからこそ響くのです。

 たちまち面談が組まれました。
 校外模試の成績がすこぶる良かったのだけは苦慮しましたが、それも、カンニングツールを使った証拠をでっち上げてクラスメイトに掴ませたことで、何とか追い込んでもらうことに成功し、ついでに大学受験で不正をしたという話にも信憑性を持たせることが出来ました。
 輝かしい成績は全てなかったことになりました。成績優秀賞として学園長からもらった表彰状は、先生たちの前で破り捨てるよう言いつかりました。
 両親は教師たちに向かって頭を下げ、教師たちは私を見下し、大学への門は固く閉ざされました。

 親しかった友人たちとは疎遠になりました。
 彼らは私の実力を見抜いていたので少々厄介ではありましたが、訳の分からない嘘をついた頭の変なやつ、受験で壊れた発狂者として、無事ほとんど全てのクラスメイトから距離を置かれました。

 両親は私を卑怯者だとなじりました。そして大いに揉めました。
 良い機会だったので、ついでに、両親がそれぞれ墓まで持って行くつもりだった秘密を勤務先にリークしました。
 家庭の問題は泥沼化しました。



 その日々が、私は楽しくて仕方ありませんでした。
 言葉を尽くしても、理解はされないでしょう。

 美しく完璧な人生を、自らの選択で台無しにする悦楽など、この世にそうはありません。

 シャーペンだこが出来るほど励んだ勉学も、品行方正で通った名声も、問題なくつつがなく過ごしてきた平穏な家庭も、何もかも、台無しにできました。

 それがどれほど嬉しかったか。

 あぁ、いえ。
 誤解のないよう、誓って言います。
 私は自分が生きてきた平穏な人生を、憎んでなどいませんでした。
 両親のことも人並みに大事に思っていましたし、学園生活もそれなりに謳歌していました。

 私はただ、生まれてこのかた、自分が何者かを知らず、ずっと穏やかに眠り続けていたのです。

 そして目覚めたとき、そこには最高の状況があった。
 だから存分に楽しんだ。
 それだけに過ぎません。

 崩壊していく自分の人生を感知したあの瞬間。
 嘘の告白を信じ込ませたときの、あのえもいわれぬ絶望と興奮ときたら!



 けれど悦楽は長くは続きませんでした。
 崩壊も、絶望も、慣れれば穏やかなものです。

 私はもう一度、ここから人生を波立たせる必要がありました。
 落ちるのは簡単。
 では次は難易度を上げて、這い上がる方へ。

 私が高校を卒業してすぐ、両親は暮らしていたマンションから引っ越し、父の実家のそばへと移り住みました。
 何もない田舎で、私はこの状況からもう一度、家族を培い直し、両親を元いた高みへ引き上げる遊びを始めました。

 その時ようやく知りました。
 私自身には羅針盤などない。
 けれど、荒波の中、誰かの希望を道しるべに、港目指して船を走らせるのは、何より楽しいと。

 多少の軋轢はありましたが、両親は再び身を立て、家族は元に戻りました。
 私の元には再び、安寧の人生が訪れようとしていました。



 私がもう一度人生を壊そうとするのを、両親はいち早く察知しました。
 そして私を、とある社長へ紹介しました。



 おかげで私は今もなお、平穏に暮らし続けています。




著:佐久田 葉

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