2026.08.03
【#御稜威ヶ原タケル生誕祭2026】無事を願うこと

いつも沖縄に来るときは刀を置いているタケちゃんは、その日、帯刀していた。
珍しいなーと思っていたが、隣に立った瞬間、理由を知る。
鳥肌が立って止まらない。背筋が震えて、警鐘を鳴らす。
「待って待ってタケちゃん、なに連れてきた???」
タケちゃんはめちゃくちゃに苦い顔をした。
「……やっぱなんかいるんだな……」
タケちゃんには、天賦の霊感はない。けど職業柄と趣味柄、うっすら気配は理解している。
そのくせ、まともな対処法を持ち合わせていない。
「何なんだ、これ」
「いや、俺が聞いてるんだよタケちゃん」
「そうか……ナギトでも分かんねえか……」
タケちゃんは苦い顔をした。
「心当たり多過ぎんだよな。孤独死の対処もしたし、刃傷沙汰にも巻き込まれたし、墓参りもしたし、心霊スポット付近で遭難したアホの救出にも駆り出されて……」
「仕事変えて?」
「無理」
「ですよねー」
うーん、と顎に手を当てる。
「どうしよ、今プロみんな出払っちゃってるんだよねぇ。俺がやっても良いけど……」
「お前はなんか危なっかしいからヤダ」
「取り憑かれてるタケちゃんに言われたくないなぁ!?」
相談の途中、不意にタケちゃんの刀が目に留まった。
「……そういや、タケちゃんなんで刀持ってきたの? やっぱ刃物があると違う?」
「おー。帯刀してる間は、相手が離れる感じがしてよ」
「なるほど……」
『刃物』をキーワードに連想していく。
頭の奥で何かが引っかかった。
「俺たちでもやれる方法あるかも。ちょっと寄り道していい?」
「おう」
車に乗り込むと、冷房なしでも車内がキンキンに冷える感じがした。やっぱりマトモなもんじゃない。
「で、どこ行くんだ?」
「刀使ったお祓いのいわれがある場所。すごく昔の話なんだけど、マジムン……魔物に取り憑かれた人がいたんだ。それで力のあるユタさんに、マジムンとの縁を絶ちなさい、って言われたんだって」
「へぇ?」
「沖縄のマジムンは、真っ直ぐにしか走れないんだ。ほら、こっちだと丁字路で石敢當(いしがんとう)見かけるでしょ?」
「あー、あのなんか書いてある石?」
「そう。あれは真っ直ぐに走ってくるマジムンが家の中に入ってこないようにっていうおまじないで、アレに当たるとマジムンは砕けちゃうんだ」
「へー……」
「……で、話を戻すけど……相談者さんは、真っ直ぐな道でマジムンが通るのを待ってたんだって。で、自分に襲いかかってくる寸前、刃物でマジムンとの縁を絶った。それっきり、その人はもうマジムンに襲われなくなった……って話があるんだけど」
「……つまりアレか? 俺もこの刀で、そのマジムンとの縁? を斬れって話か?」
「そう。まぁ、相手は沖縄のマジムンじゃなくて本土の何かだから、こっちでの縁切りにどのぐらい効果があるかはわかんないけど……」
タケちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「効果はともかく、縁ってどうやって斬るんだ?」
「…………気合いとか?」
「お前なぁ…………」
そんな話をするうち、車は街を抜けて、田舎道へ入り、やがて、細い一本道に出た。
「ここか?」
「うん。じゃあ一回、刀外して。近付いてきたら、本体に当てないように、空を切ってみて」
「おう」
刀で、化け物自体を遠ざけることはできるだろう。だけどそれは遠ざけ続けるだけであって、根本的な縁切りにはならない。
縁を切るには、一度刀の守りを剥がして、繋がる必要があるんじゃないか。
と思ったけど、あくまで憶測なのでどの程度タケちゃんに伝えたもんかと悩んで、いったん俺の腹にだけ置いておくことにする。
タケちゃんが刀を外す間に、近くで拾った石に「石敢當」の字を書いて、タケちゃんの足下に置いた。
憑いているのは沖縄のマジムンじゃないだろうから、効くかは分からない。要は気休めだけど、無いよりはマシだ。
「じゃ、これ頼むわ」
と、タケちゃんは腰から鞘ごと刀を抜いた。
「地面と水平にして、俺の腰ぐらいの高さで、持っといてくれ。そのまま抜くからよ」
「わかった」
そう言ってタケちゃんが刀から手を離した瞬間、足下から地面が崩れるような、大きな何かに呑まれるような圧が一気にかかった。
「う、わ……ッ」
道の向こうからまっすぐ、どす黒い何かがすごい勢いで突っ込んでくる。
タケちゃんはタケちゃんなりに、対処できていたのだと、今なら分かる。これだけの化け物に憑かれて、よく正気でいたほうだ。
見上げたタケちゃんの背中は、微動だにしなかった。
その目前に、タケちゃんに憑いた化け物が迫る。
「タケちゃ……ッ! 早く……ッ!!」
ぶつかる、と思った瞬間、化け物が一瞬減速した。
同時に、パキーン、と乾いた音を立てて、石敢當と書かれた小石が砕け散る。
刀がグッと引っ張られる感覚があった。隙を見つけたタケちゃんが、切り込んでいる。
慌てて鞘を握りしめた次の瞬間、ざらりと刃が抜けるのが分かる。
途端、フッ……と、マジムンの気配が消えた。
「ふえぇ……」
間の抜けた声をこぼして、ぺたりと尻餅をついてしまう。
「……消えたなァ」
タケちゃんは俺の手から鞘を受け取って納刀し、俺の手を引っ張って立たせてくれた。
「こんなわかりやすく変わるもんなのな」
「……なにアレ」
「イヤ俺が聞いてんだよ」
「俺が聞いてるんだってばぁ!」
はぁあ……と、どっとため息が漏れた。
どう考えても俺なんかの生兵法で相手をしていい存在じゃなかった。
だけど、気配は完全に途絶えている。ひとまずは、なんとかなったらしい。
「聞いてないよぉ〜……」
「なんかすまん」
「今日もう、このあとのお店全部タケちゃんのおごりね」
「うす……」
縁を切られた化け物は、きっと本土の元いた場所に戻っただろう。
タケちゃんが今後そこに立ち寄っても、一度切れた縁は、そう簡単には繋がらない……と思う。多分。
遠く離れたここからじゃ、無事でいてほしいと願うことしか出来ない。
「ああ〜〜もう、気苦労〜〜〜〜〜!!」
車に戻って、ハンドルに思わず顔を突っ込む俺に、タケちゃんは
「すまん」
と、また雑に謝った。
こいつぅぅぅうう、と思ったが、言っても多分タケちゃんにはどうしようもない。
車に乗って、街に戻る。
その途中、物産館が見えた。
のほほんと笑う看板のシーサーを見て、ふと思いつく。
「……ちょっと待ってて」
タケちゃんに声をかけて、シーサーのぬいぐるみセットを購入した。
それぞれにふーっと息を込めてから、助手席のタケちゃんにぎゅむぎゅむと押しつける。
「え、え? プレゼントか??」
「魔除けです! おうちに帰ったらこれ玄関に置くこと! これにちゃんと毎日「行ってきます」とか「今日もありがとう」って挨拶とお礼を言うこと!」
「え、あ、おん?」
「俺には危なっかしいって言うくせに、タケちゃんの方がよっぽどなんだからね!?」
「いやそれは……」
「長生きして、タケちゃん!」
タケちゃんは目を白黒させていたが、俺に気圧されたのか
「……ワカリマシタ」
と、素直にシーサーを抱きしめた。
その日がタケちゃんの誕生日だったと知ったのは、それから大分後の話。
「ホンット自分のことになると何も言わないんだから!」とガミガミ文句を言う俺に、タケちゃんはまた「すまん」とざっくり謝った。
著:佐久田 葉
イラスト:青猫